迷子の猫が動物病院へ運ばれてきたとき、首輪に連絡先がなくても、飼い主を探せる場合がある。皮膚の下に入れたマイクロチップを専用の機械で読むと、その猫の識別番号が出る。登録されている番号なら、飼い主の情報と照合できる。
2021年10月26日、北都県南條市の動物病院で、3匹の猫から同じ番号が読み取られた。茶トラ、白黒、三毛で、見間違えるような3匹ではない。院長の小川達文さん(仮名、52歳)が番号を照会して電話した先では、「その猫は2012年に死にました」と言われた。
猫が見つかったのは、その日の朝8時だった。出勤した小川さんが玄関の段ボール箱を開けると、3匹が一緒に入っていた。首輪はなく、事情を書いた手紙もなかった。タオルをどけた箱の底に、黒いペンで15けたの数字が書かれていた。
小川さんは猫にけがや病気がないかを確かめ、それから飼い主を探し始めた。読み取り機に出たのは、3匹とも箱の底と同じ15けただった。マイクロチップの番号は、本来1匹ずつを区別するためのものである。1つの飼い主の登録に、複数の猫をまとめる番号ではない。
「同じ番号のチップを3つ作ることは、普通はできません。入れた病院の記録にも、番号は1匹分しか残りません」
私が病院を訪ねた10月30日には、3匹は別々に世話をされていた。一緒にすると白黒が茶トラを追い払うという。ひどくやせた猫はいなかったが、食べ方も違った。茶トラは乾いた餌をよく食べ、三毛は少し温めると食べ始めた。
小川さんは、読み取り機に前の猫の結果が残ったのではないかと考えていた。一度電源を切り、ほかの猫を別の部屋へ移して、1匹ずつ調べ直した。別の病院から借りた読み取り機も使った。私の目の前で、猫を近づける前の画面には番号がなく、読み取り後には、どの猫でも同じ数字が出た。小川さんは、首の後ろの皮膚の下に、米粒ほどの硬い物があることも、3匹それぞれで指で確かめた。
番号の確認を終えると、小川さんは白黒と三毛を、それぞれ別のケージへ戻した。2つのケージは診察台の向こうに並び、横になった猫の背がこちらから見えていた。茶トラはまだ台の上にいた。小川さんが片手を背に添え、首の下から腰へ向かって短くなでた。
白黒の背の毛が、細い溝を作って分かれた。隣の三毛にも同じ幅のくぼみができ、肩から腰へ動いていく。小川さんの指が茶トラの毛を押し分けている場所と、2匹の背で毛がへこむ場所がそろっていた。2匹の背に触れている人も物もなかった。
私は2匹の背を指した。小川さんが手を離すと、白黒と三毛の毛並みも元へ戻った。茶トラは台の縁へ顔を寄せ、白黒は丸くなり直した。三毛は横になったまま小川さんを見ていた。
小川さんは茶トラをケージへ戻し、その日の記録に見たことを書き加えた。
この日は、猫が入っていた箱も見せてもらった。玄関脇に残された箱には空気穴があり、中にタオルが敷かれていた。下の写真では、底に書かれた番号はタオルに隠れている。

番号の登録先は、市内に住む村上節子さん(仮名、76歳)だった。小川さんから電話を受けたとき、村上さんは、埋めた猫の墓を荒らされたのかと思ったという。庭を見に行き、土に変わったところがないことを確かめてから、翌27日に病院へ来た。持ってきたのは、飼っていた猫の写真をまとめた古いアルバムだった。
私も村上さんの了解を得て、小川さんが控えた写真を見せてもらった。同じ猫の若いころから晩年までが写っていた。その猫の毛の模様は、今回の3匹のどれとも違う。村上さんは2012年にその猫を亡くしてから、新たな猫を飼っていないと話した。
番号が分かれば、飼い主へ返せる。小川さんがいつもの手順で進めていた確認は、そこで止まった。登録には村上さんの名前があるが、村上さんが飼っていた猫は目の前の3匹とは違う。村上さんは番号を他人に見せた覚えもないという。
小川さんは、村上さんに3匹の引き取りを頼んでいない。それでも村上さんは、帰る前に3匹分の食事代を置こうとした。
「うちの名前が出たんですから」
小川さんは受け取らなかった。登録を照会して連絡したことは、3匹を捨てた人が村上さんだという証拠にはならない。
小川さんは警察に届け、玄関の防犯カメラの映像も渡している。私が見せてもらった写しでは、26日の朝6時ごろ、雨がっぱを着た人が箱を運んでくる。扉の前に置いてから、雨の当たらない壁際へ寄せ直して立ち去った。顔は分からなかった。
空気穴を開け、乾いたタオルを敷き、雨を避ける。小川さんは、運んでいる間に猫が傷つかないようにはしている、と話した。一方、玄関には、動物の引き取りは事前に相談してほしいという掲示がある。箱を置いた人は誰にも声をかけず、診療開始の2時間前に来ていた。
箱の数字を書いた人は、病院が猫から読み取った番号を知っていた。番号を調べれば誰に連絡が行くのかまで知っていたかは分からない。映像だけでは、箱を運んだ人と数字を書いた人が同一かどうかも確かめられなかった。
11月2日、村上さんがもう一度病院へ来た。私も同席させてもらった。村上さんは、アルバムの最後の頁を開いて見せた。2012年に亡くなった猫の写真の下に、登録したときの番号が、黒いペンで書き写してあった。
「チップを入れた日に、忘れないように書いておいたんです。この番号を知っているのは、私と、このアルバムを見た人だけです」
小川さんは、箱の底の数字とアルバムの数字を並べて見た。どちらも7の縦の線に短い横線が入っている。ただ、7をそう書く人は少なくない。同じ人の字だとは決められなかった。
村上さんは、この春から、庭に来る猫に餌をやっていたことを話した。茶トラと白黒と三毛の3匹だった。触らせてはくれず、捕まえたこともない。9月には、町内会から、庭での餌やりをやめてほしいという手紙が届いていた。
アルバムは、居間の棚に置いてある。家には村上さんのほかに、息子の和也さん(仮名、48歳)が住んでいる。和也さんは朝が早い仕事で、26日の朝も、いつもどおり5時半ごろに車で出たという。その日は雨だった。
私は村上さんを通して、和也さんに話を聞かせてほしいと頼んだ。返事はなかった。村上さんも、息子には何も聞いていないと話した。
「聞いたら、答えると思います。だから聞かないんです」
和也さんが箱を運んだという証拠を、私は得ていない。カメラの人の背丈は、映像からははっきりしない。村上さんの話も、庭の3匹と病院の3匹が同じ猫だと確かめたものではない。触ったことのない猫なので、村上さんにも見分けがつかないという。
それでも、箱を置いた人がしたことには順番がある。誰も触れなかった3匹を捕まえ、空気穴を開けた箱に入れ、雨の当たらない所へ寄せた。そして、病院が番号を調べれば村上さんへ電話が行くように、底に数字を書いた。
小川さんは当初、3匹を一緒に返すことを考えて、1枚の紙に様子をまとめていた。その紙を残したまま、診察票を3匹分に分けた。番号の欄には同じ15けたが入るが、健康状態や餌、人に触られたときの反応は別々に書いてある。飼い主の名前は、まだ入れていない。
アルバムを持ち帰った後にも、村上さんから病院へ電話があった。食事代だけでも受け取ってもらえないかと、もう一度尋ねたという。その電話でも、村上さんは3匹を飼っていたとは言わなかった。
電話を切った後、小川さんは茶トラのケージの前にしゃがみ、片手で背をなでた。隣のケージで、白黒と三毛の毛並みが同じように分かれた。小川さんは3枚の診察票の飼い主の欄を、空けたままにしておいた。


