旧南條劇場のH列7番の椅子に関する奇妙な記録

霧島秀一撮影。スクリーン側から見た赤い布張りの客席。周囲の座面は上がり、中央付近の1席だけ座面が水平に下りている。

地方の古い映画館の客席は、座面がばねで跳ね上がる椅子が多い。人が座ると下がり、立てば背もたれの方へ戻る。客が帰った後の客席は、どの座面も上がっているのが普通である。

北都県南條市の旧南條劇場の管理者、長谷川伸夫さん(66歳)は、朝に客席を見回ると、H列7番の椅子へ向かう。人が座っていないのに、そこだけ座面が下りていることが多い。2021年12月4日に私が見た朝も、周囲の赤い椅子は座面が上がり、7番だけが下りていた。

長谷川さんが布の端に指を触れると、座面は勢いよく上がった。戻り切らずに引っかかっているのなら、古い椅子の故障に見える。長谷川さんも当初はそう考えていた。

南條劇場は1999年に映画館としての営業を終えた。2019年秋から地元の団体が使い始め、15人ほどの会員が交代で管理を受け持ち、今は集会や小さな上映会を開いている。長谷川さんも再開時から管理に加わった。客席は12列で、映画館だったころの椅子がほとんどそのまま残っている。建物は1962年にできたもので、客席の後ろの高い所に、小さな窓の付いた映写室がある。H列は前から8列目で、7番はスクリーンのほぼ真正面に当たる。

「高校生のころは、ここに毎週来ていました。だから、椅子を捨てる気にはなれなかったんです」と長谷川さんは話した。

ほぼ毎朝同じ席が下りているため、長谷川さんは、前の日に上げ忘れたのかと思ったという。閉館前の客席を撮るようになると、夜はH列7番も上がっていることが写真で分かった。鍵を開け閉めする人はほかにもおり、夜間に誰も入れない場所ではない。ただ、夜の利用を申し込んだ人はいなかった。鍵を持つ3人に聞いても、閉めた後に入った人はいない。

「上げ忘れなら、たまには別の席が下りていてもいいはずなんです。毎朝、7番だけでした」

業者にも見てもらった。座面を取り外してばねと軸を調べ、長谷川さんの前で何度か下ろしている。手を離せば戻った。床の傾きや、隣の椅子に触れて引っかかる箇所も調べたが、下で止まる理由は見つからなかったという。

そこで2019年のうちに、7番と隣の6番の椅子を入れ替えた。座面だけの交換ではなく、脚から上の一式を移している。番号札は移動先へ持っていかず、元の場所に戻した。7番と呼ぶ場所は変えず、そこに置く椅子の方を替えたのだった。

長谷川さんは移動前に、脚の内側へそれぞれ印を付けていた。どちらの椅子がもともと7番にあった物か、番号札とは別に見分けるためだ。私は残っている印と、業者が書いた作業の控えを見せてもらった。

霧島秀一が撮影した客席の金属製の脚。内側に白い斜めの印があり、上には赤い座面の端が見える。
霧島秀一撮影。椅子の脚の内側に付けた目印。長谷川さんは交換前に印を付け、椅子の位置を替えた後も見分けられるようにしていた。

交換した翌朝、下りていたのは、6番から7番の場所へ移した椅子だった。それまで問題になっていた椅子は、隣の6番の場所で上がっている。翌々朝も同じだったため、長谷川さんは2脚を元の配置に戻した。

特定の椅子のばねが悪いのなら、その椅子を直せばよい。入れ替えた後は、元の椅子を点検するだけでは、7番の場所で起きることを説明できなくなった。

12月4日、私も7番の座面を下ろし、腰を掛けた。立つとすぐに戻った。6番でも同じだった。朝に見た、空のまま下りている状態にはならない。朝、長谷川さんが触れて座面が上がったときにも、椅子の上や下から落ちた物はなかった。

いつ下りるのかを知りたくて、長谷川さんは11月の終わりに、客席の後ろにスマートフォンを置き、朝まで録画したことがあった。その映像を見せてもらった。客席は非常灯の明かりだけで暗い。7時28分、H列7番の座面が、音もなく下りた。誰も映っていない。その後、長谷川さんが入ってくる8時すぎまで、座面は下りたままだった。長谷川さんはその後も2回、同じように録画している。座面が下りたのは、7時29分と7時28分だった。

かつてこの映画館で映写技師をしていた小川昭文さん(84歳)にも話を聞いた。ホールが再開してからも何度か来ている。H列7番は、新しい映画が来ると座ってピントや音を確かめていた席だという。

客を入れる前に、客席から画面や音を確かめる。そのために1人で座る場所だった。私はその話を聞くまで、決まった客が好んで座った席なのかと考えていた。小川さんは、朝に入り込んだことはないと話し、椅子の機械をもう一度見た方がよいと言った。自分の使っていた席だという話と、座面が下りる原因とを結び付けてはいなかった。

小川さんは、1962年の開館から閉館まで、37年間この映写室にいた。客席を案内すると、小川さんはH列7番の横で足を止めたが、座ろうとはしなかった。「座っても、見る物がないので」と言った。

私は、試写を何時にしていたのかを尋ねた。小川さんは少し考えてから、初日の朝、7時半からだったと答えた。客が来る前に1本を通して流し、映写室から下りてきて、H列7番で最後の場面を見る。それが決まった手順だった。

小川さんの家には、映写の日誌が残っていた。作品ごとに、届いた日と試写の時刻、気づいたことを書いた帳面である。どの作品の欄にも「7:30 試写」とあり、その横に「H7にて確認」と添えてあった。その後に「音やや小」「右端暗し」といった短い書き込みが続く作品もある。

「試写をしないと、フィルムのつなぎ目で絵が飛んだり、音がずれたりすることがあるんです。客席で見ないと分からないこともある」

最後の頁は1999年3月だった。閉館前の最後の作品の欄だけ、書き方が違っていた。

「フィルム到着遅れ。試写せず、そのまま上映」

小川さんは、その日のことを覚えていた。フィルムが届いたのは開場の20分前で、映写機にかけるだけで精一杯だった。それが最後の上映になり、映画館はそのまま閉じた。最後の日の客は32人だったという。

「あれだけ、客席から見ていないんです。いつもなら7番に座って、終わりまで確かめるのに」

録画の7時28分は、小川さんが映写室から下りてきて、7番に腰を下ろすころに当たる。もちろん、それだけで座面が下りる理由にはならない。小川さんも、そう言って帳面を閉じた。

業者にも録画の時刻を伝えた。朝の冷え込みで金具が縮み、座面が下りることはないかと尋ねると、寒いとばねはむしろ固くなり、座面は上がりやすくなると答えた。暖房は夜のうちに切ってあり、7時半ごろは一日でいちばん冷えている時間である。時刻で決まって動く仕組みは、この椅子には付いていない、とも付け加えた。

管理団体は来春の上映会を予定している。見せてもらった座席表では、7番を販売する席の数に入れていなかった。札を置く方法も試したが、翌朝には座面と背もたれの間へ挟まっていたため、今は席に物を置かないという。

机を並べて集会を開くときにも、7番の前だけは少し広く空けていた。私は、そこに人を座らせないのなら、机を寄せられるのではないかと尋ねた。長谷川さんは「スクリーンが見えなくなるから」と答えた。

言った後で、自分でも気づいたように笑った。上映会の客を入れない席の前で、そこから見る人の邪魔にならないように机を置いていた。長谷川さんは机を詰め直さず、そのままの配置にしていた。

小川さんは、来春の上映会の朝に映写室へ入ることを引き受けた。映写機は今の団体が手入れをして、まだ動く。

帰りがけに、長谷川さんは事務所の予定表を出した。来春の上映会の日の欄に、開場の時刻とは別に、鉛筆で「7:30 試写」と書き足した。誰が7番に座るのかは、書いていない。

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