旧鳴沢林道の除雪に関する奇妙な記録

霧島秀一撮影。雪の積もった山道に、黄色と黒のゲートが閉じている。ゲートの向こうの道に車の跡が奥へ続いている。

地方の市町村では、初雪の夜になると、委託を受けた建設会社の除雪車が、決められた順番で道路の雪をどけて回る。どの道を何時に通ったかは、車に付けた機械が記録している。記録にない道は、朝まで雪に埋もれたままになる。

2021年12月12日未明、北都県柳瀬市の山あいに初雪が積もった。その朝、近くに住む後藤俊文さん(67歳)が、除雪の予定にない旧鳴沢林道に、車1台分の通路ができていると気付いた。雪は左右へ押し上げられ、中央にはタイヤの跡があった。

林道は、かつて旧鳴沢村の集落へ続いていた道である。2005年の合併後に新道ができ、今は入口のゲートを閉じている。鍵は市が保管し、冬の除雪も頼んでいない。林道は鳴沢岳のふもとを巻いて上っていく細い道で、入口には黄色と黒の縞のゲートがある。

後藤さんは見つけた場で写真を撮った。閉じたゲートの奥には雪をどけた道があるのに、手前の雪には車輪や足の跡が写っていなかった。後藤さんはゲートの錠も見たが、南京錠には雪が積もったままで、触った跡はなかったという。

後藤さん提供。雪に覆われた林道を黄色と黒のゲートが閉ざしている。手前の雪は滑らかで、ゲートの奥に車幅の除雪跡が続く。
後藤さん提供。2021年12月12日朝、旧鳴沢林道の入口。閉じたゲートの奥には除雪された通路があり、写真に写る手前の雪は踏み荒らされていない。

「朝、犬を連れて歩いていたら、ゲートの向こうだけ道ができていたんです。こっち側は、まっさらでした」

後藤さんの家は、林道の入口から200メートルほど下にある。夜中の2時すぎに飼い犬が吠えたが、車の音は聞いていないと話した。

私が現地へ行ったのは翌13日だった。すでに見に来た人がいて、入口の雪の状態は変わっていた。見つけた直後の写真と自分の写真を分けておかないと、ゲートの前に跡があったかどうかを取り違える。

市から委託を受けた除雪車は、決められた道路の雪をどけて回る。車に取り付けた機械が今いる場所を定期的に保存し、市や会社が作業を確かめる資料になる。

市の担当者を通じ、除雪を請け負う建設会社の車両記録を見せてもらった。1台の位置情報は、12日2時10分に林道の入口を通り、3.2キロ奥まで進んで、2時40分に戻ったことになっていた。機械は30秒ごとに位置を保存している。

その前後に記録されているのは、林道から10キロ近く離れた沢渡地区の道路だった。林道は、市が会社へ渡している除雪の地図にも載っていない。担当者は、位置を記録する機械が誤ったのではないかと話した。会社は機械を外して調べたが、ほかの日の記録にはずれがなかった。

運転手の村上信弘さん(58歳)は除雪を20年続けている男性で、林道の鍵は持っていなかった。その30分間も、担当する沢渡の道を走っていたと説明した。沢渡の担当区間は14キロある。

覚えているのは、曲がり角の手前で車を止めたことだった。住民が門の前にたまった雪を寄せていたので、作業が終わるまで待ったという。

会社を通してその住民、坂の上に住む70代の女性にも聞くと、除雪車が来たため、自分も作業を急いだと答えた。家の明かりで村上さんの顔が見え、以前も来た人だと分かったという。時刻を分単位で示せる資料はなかったが、その家の先の道路も朝までに除雪され、市の確認写真に残っていた。

村上さんが沢渡へ行かなかったため、そこの雪が残っていたという話ではなかった。林道へ入ったとする位置情報と、沢渡で仕事をしたという本人の記憶が食い違っていた。

村上さんは、位置情報の件を知らされる前に、会社へ別の報告をしていた。戻った車の除雪用の刃の裏に、杉の小枝が挟まっていたという。沢渡の担当区間には杉がほとんどない。ただ、枝はほかの場所から運ばれることもあるので、それだけで林道から持ち帰ったとは言えない。

村上さんが私に見てほしいと言ったのは、枝よりも刃先だった。中央から少し右に小さな欠けがある。雪を削ると、その部分だけ細く雪が残るという。

出発前の点検写真でも欠けが確かめられ、今回の走行中にできたものではない。会社は交換部品を手配しており、初雪の日は、まだ同じ刃を使っていた。

沢渡の除雪後の写真には、村上さんの説明した細い筋が見えた。私がゲート越しに撮った林道の写真にも、通路の中央から少しずれた位置に、細く盛り上がった雪が続いていた。

似た欠けのある別の車でも、同じような筋は残せる。同じ車だと決められる形ではなかった。それでも、記録の上で林道へ入った車に、実際に林道に残った跡と合う特徴があった。位置情報の誤りだけでは、道にある筋の説明にはならなかった。

村上さんは写真を見ても、林道を走った覚えはないと言った。道を取り違えたのなら、まずゲートを開ける必要がある。見つけた直後の写真には、そのために車を止めた跡も、車から降りて歩いた跡も見えない。ゲートの破損も確かめられていなかった。

話を聞くうちに、村上さんは、合併の前のことを口にした。旧鳴沢村の除雪も、村から頼まれて受け持っていたという。

「村の頃は、林道の鍵を預かっていました。合併の年に返して、それからは一度も入っていません」

私は、旧村役場の建物を使う市の鳴沢地区出張所を訪ねた。村役場の時代から勤める蔵本静江さんが、倉庫から村の除雪の綴りを出してきた。2001年から2004年までの冬の、除雪の順番と時刻を書いた計画表である。

初雪の夜の欄に、林道が入っていた。「2:10 林道入口 → 上ノ平(3.2キロ) 2:40戻り → 沢渡へ」。4年分とも、時刻は同じだった。合併した2005年の冬からの計画表では、林道の行は消えている。

計画表の余白には、村の担当者の字で書き込みがあった。「上ノ平 高村様宅まで、初雪の夜は最優先。朝の往診の車のため」

蔵本さんによると、上ノ平には高村ハツさんという女性が一人で住んでいた。足が悪く、冬は村の診療所の医師が朝早くに車で往診していた。初雪の夜に林道が埋まると、往診の車が上がれなくなる。そのため、村の除雪はまず林道から始めていたという。高村さんは合併の年に町の施設へ移り、2009年に亡くなった。上ノ平の家は取り壊され、今は基礎の石だけが残っているという。

計画表の運転手の欄には、4年とも村上さんの名前があった。村上さんは綴りを見て、しばらく黙っていた。

「最初に林道をやって、それから沢渡へ下りる。初雪の夜は、そういう順番でした。体のほうは、覚えていたのかもしれません」

もちろん、それで車が閉じたゲートの奥を走れる理由にはならない。今年の位置情報と、村の計画表の時刻が同じだったことが確かめられただけである。村上さんは、雪が解けたら、市の職員と一緒に林道の奥まで歩いてみたいと会社に申し出た。

私はゲートの奥へ入っていない。位置情報が示す3.2キロ先まで、同じ除雪跡が続くかは確かめていない。会社は車に付けた機械の点検と、その晩の作業の確認を進めている。

村上さんは出発前の写真に、刃先だけでなく、枝が挟まっていない裏側も入れるようにしたという。何かを拾ってくるのを期待しているわけではない。帰ってから車を見て、自分の覚えている仕事だけをして戻ったのか確かめたい、と話した。

欠けた部品は、届き次第交換する予定だ。交換すれば、この車が作業した場所に、欠けによる筋は残らなくなる。会社が直そうとしている不具合は、林道へ入ったという記録を、現地の雪と照らし合わせる手掛かりにもなっていた。

蔵本さんは、計画表の綴りを倉庫へ戻さず、出張所の机の引き出しにしまった。次の初雪の夜が明けたら、もう一度出すつもりだという。引き出しには、今年の位置情報を印刷した紙も一緒に入れた。

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