地方の住宅地には、家が取り壊されて何年もたつのに、その家の軒先だった空中へ、毎年同じ季節に鳥が通ってくる場所があることがある。
北都県柳瀬市本町二丁目に、砂利を敷いた細長い空き地がある。空き地の幅は約6メートルで、砂利の間からところどころ草が伸びている。両隣は2階建ての住宅で、その間に空が開いている。ここには2015年まで井口さんの家があった。2階の軒下には毎年ツバメが巣を作り、家の人が巣の下に板を付けて、ふんを受けていた。隣に住む小野多恵子さん(72歳)は、台所の窓から、その板も鳥の出入りも見ていたという。
「井口さんは、毎年4月になると板を外して洗い、同じ所へ付け直していました。ツバメが来ると、今年も来たよと声を掛けてくれて。亡くなった次の春も、板はそのまま残っていました」
井口さんが亡くなったのは2014年で、家はその翌年に取り壊された。
私は昨年、亡くなった井口さんの家の確認印が回覧板に加わっていた件で、この辺りを取材している。小野さんは、そのとき話を聞いた2人とは別の住人だ。今年は「ツバメの様子を見てほしい」と連絡を受け、2022年5月28日の土曜日に訪ねた。
空き地に入ると、小野さんは砂利の上にできた小さな泥の山を指さした。
「今年も、あそこから落ちてくるんです」
見上げた先には、両隣の家の間に空があるだけだった。
家を取り壊した翌年の春、ツバメはまた来た。砂利敷きになった土地の上を飛び、地面から約4メートル、以前の軒があった辺りで羽ばたく。くちばしには泥がある。巣を作るとき、ツバメは田や水たまりから泥をくわえて運び、壁や軒の下に少しずつ塗り重ねる。後で話を聞いた県立自然史博物館の職員によると、1つの巣を作るには、泥の塊を数百回から千回ほど運ぶという。だが、そこには塗り付ける壁がない。運んだ泥は下へ落ち、5月末には砂利と色の違う山になった。
小野さんは最初、巣を失った鳥が困っているのだと思った。それが翌年も、その次の年も続いた。
小野さんは、泥を運ぶ鳥を眺めるだけでなく、巣を支える板を用意すれば役に立つのではないかと考えた。土地を引き継いだ井口さんの息子、井口孝夫さん(55歳)に相談し、2020年、鳥が寄ってくる場所の近くに小さな棚を取り付けてもらった。孝夫さんは、回覧板の件で話を聞いた井口信夫さんとは別の息子だ。
設置時の写真では、地面に立てた柱が棚を支えている。元の家の壁は残っていない。最初は鳥が羽ばたく点の少し横へ置いたが、ツバメは棚を使わず、その脇の空間へ泥を運んだ。
孝夫さんは鳥のいない時間に棚を動かし、いつも体を起こす点へ近づけた。ところが今度は、鳥が泥をくわえたまま棚の下へ回り込んだという。小野さんが撮った動画を見ると、鳥は板の上に止まらず、以前と同じ高さで羽ばたいていた。泥が落ち始める所も、棚の端から少し離れている。
棚の形や高さが気に入らなかった可能性はある。孝夫さんはその年に棚と柱を外した。別の家の軒へ移るのを期待したが、翌年も今年も、泥は空き地に集まった。
同じ職員に尋ねると、以前使った場所へ戻るツバメはいるが、目印の足環などがなければ同じ鳥とは分からないという。小野さんも個体を見分けておらず、2016年から同じ2羽が通い続けているとまでは言えなかった。
撮影の前に、私は泥の山を測った。直径は約40センチ、高さは5センチほどで、乾いた塊の上に、まだ湿った新しい泥が重なっていた。小野さんが今年最後に掃いたのは5月20日だという。
5月28日の夕方、私は道から約1時間、カメラを固定して空き地を撮った。上空には何羽か飛んでいて、そのうち2羽が交互に同じ所へ寄っていた。泥をくわえて上がり、体を起こして細かく羽ばたく。隣家の窓枠を目印にすると、毎回ほぼ同じ高さだった。
あるとき、1羽がくちばしを引いて下へ離れた後も、茶色い塊が空中に残っているように見えた。もう1羽がくわえているのかと思ったが、2羽とも塊の下を通り、隣家の屋根へ飛んでいった。泥だけが数秒遅れて落ちた。
その場で動画を再生すると、鳥が離れてから泥が落ち始めるまで、約8秒あった。背景の窓枠に対して、泥の位置はほとんど変わっていない。上へ投げた泥が一瞬止まって見えた、という動きとも違っていた。風に支えられた可能性も考えたが、その時間、隣家の物干しのタオルはほとんど揺れていない。約8秒の間、塊は風に流されることも、くるくる回ることもなかった。
同じように、鳥が離れた後もしばらく泥が残る様子は、あと2回撮れた。すぐ落ちる泥もある。以下は最初の動画から、鳥が下へ離れた後の画面を切り出したものだ。

動画を博物館の職員に見せると、巣材を付けようとする動作には見えるが、泥を支える物が分からないと話した。細い糸などが残っているのでは、とも言われた。孝夫さんに伝えると、翌日、長い棒でその辺りを探したが、糸や枝は見つからなかったという。触れられた範囲での確認で、空間全体を検査したわけではない。
小野さんが泥の山をすぐ片付けなくなったのは、棚を付けた年からだった。以前は朝に掃いていたが、夕方にはまた新しい泥が落ちている。巣を作れないまま運んでくる鳥を見ていると、せっかく持ってきた物を自分が捨てている気がしたのだという。地面の泥を残しても、4メートル上の巣の足場にはならない。小野さんもそれは分かっていて、鳥が来なくなってからまとめて掃くようにした。
5月28日の取材の後、孝夫さんが、取り壊す前の家の写真を何枚か持ってきてくれた。2014年の夏に、孝夫さんが軒下の巣を撮ったものがある。巣は板の少し上、2階の窓の右上の角にあった。隣の小野さんの家の窓枠と並べて見ると、私の動画で泥が止まっていた高さと、巣の位置はほぼ重なっていた。
「父は、巣のちょうど真下に板を付けていました。巣が落ちても受けられるように、と言って。棚を作ったとき、そこまで考えて場所を決めればよかったのかもしれません」と孝夫さんは話した。棚を付けたのは、巣のあった位置より50センチほど低い所だった。
取り壊しは2015年の5月25日に始まった。孝夫さんは当時から市外に住んでおり、仕事で立ち会えず、業者から作業が終わったと連絡を受けただけだった。
「後で小野さんに聞いたんです。あの年も巣はできていて、卵があったかもしれない、と。巣は家と一緒に壊されました。親鳥は何日も、あの辺りを飛んでいたそうです」
小野さんも、そのときのことを覚えていた。
「重機が入った日の夕方、2羽が戻ってきて、家のなくなった所をぐるぐる回っていました。暗くなるまでいたんです。何日かして来なくなったので、ほかへ移ったんだと思っていました」
泥の山が毎年5月末にできることを、小野さんはこれまで、巣作りの季節だからだと受け止めていた。取り壊しの日付を聞いてから、小野さんは自分のカレンダーを見直したという。泥が最も多く落ちるのは、毎年5月の終わりの1週間だった。
私が撮った動画を一緒に見直したとき、小野さんは、鳥が離れた所で止めてほしいと言った。画面では泥がまだ同じ位置にあり、2羽は隣の実際にある軒へ向かっている。
「鳥がいるうちは、落ちなかったんですね」
再生すると、泥が落ちた。軒で休んでいたツバメが空き地へ戻ってくる。次の泥を運んできたとき、さっき運んだ塊はもうそこになかった。



