旭町商店街の七夕の短冊に関する奇妙な記録

霧島秀一撮影。アーケードの中ほどの竹に、赤、黄、緑、青、白の短冊が下がっている。

地方の商店街の七夕では、客に配った短冊を、行事が終わると竹から外して神社へ納める。願いを書いた紙を、お焚き上げで燃やしてもらうためだ。旭町商店街が納める神社では、預かった短冊を秋の焚き上げの日にまとめて燃やしている。配った枚数と納めた枚数は、たいてい会計の帳面に書いてある。

北都県の旭町商店街の金物店には、去年の七夕に飾られた短冊が1枚だけ残っている。募金箱の件で話を聞いた店とは別の金物店だ。薄紫の紙に、鉛筆で「あしたもはれますように みつこ」。店主の中西邦久さん(61歳)が封筒から出して見せてくれた。大きな文字が並び、ひもを通す穴の少し下に、小さな茶色い点があった。

七夕を終えると、商店会の人たちは竹から短冊を外し、神社へ持っていく。中西さんは商店会の七夕行事の会計を務め、神社へ渡す枚数も帳面に付けている。去年、この紙だけを残したのは、次に同じ物が来たとき、手元で比べたかったからだという。

商店街は毎年6月末、アーケードの中ほどに竹を立てる。買い物客へ短冊を配り、その場で願いを書いて枝へ結んでもらう。帳面を見ると、2009年から2021年まで、片付けのときに外す数が、配布欄の数を毎年1枚上回っていた。

2015年は配布412枚に対して回収413枚。2021年は配布238枚、回収239枚だった。用意した紙を客が家へ持ち帰ることも、自分で用意した短冊を結ぶこともある。配った数と外した数の差だけで、不思議な1枚とは決められない。

中西さんも初めは数え間違いを疑った。最初の数年は各店に残った紙を引いて配布数を出していたが、2014年から数え方を変えている。竹のそばで店員が渡し、客が結んだのを見て帳面に加える。持ち帰った分は別に付ける。配布欄という名前は同じでも、それ以降の数字は、実際に竹へ結んだことを確かめた枚数だった。

それでも回収すると1枚多い。そして毎年、薄紫の「みつこ」があった。写真で確かめられるのは2016年からの6年分だが、中西さんは、それより前の年も同じ紙だったと覚えている。商店会が薄紫の紙を用意したのは2010年までで、それからは赤、黄、緑、青、白の5色にしている。

誰かが古い紙を持ってきているのかもしれない。ただ、竹の高い枝に付くことが多く、脚立に上って外した人が初めて気づく年もあった。中西さんは、結ぶ人を見たことがないという。竹の周りには夜も明かりがあり、向かいの店の防犯カメラにも、閉店後に竹へ近づく人は写っていなかった。

毎年同じ筆跡だという話を聞き、私は過去の写真を見せてもらった。竹全体を写した写真では字が読めない年もある。2020年と2021年には、外した後、机で表と裏を撮った写真が残っていた。願いの配置と、穴の下の茶色い点がよく似ている。

同じ人が毎年同じ言葉を書くことはできる。写真では紙の質まで比べにくいので、中西さんは2021年の1枚を保管することにした。商店会にも断り、239枚のうち神社へ渡したのは238枚と記入してある。勝手に1枚なくなったという扱いにはしていなかった。

紙の裏には「2021年7月8日」と書かれていた。願いを書いた人の字とは違う。片付けた日が分かるよう、中西さんが回収後に書き加えた日付だった。私は中西さんに頼み、その面を撮影した。

霧島秀一撮影。開いた封筒の横に薄紫の短冊が置かれ、裏に2021年7月8日と手書きされている。
霧島秀一撮影。2022年6月26日、中西さんが保管していた短冊の裏。2021年7月8日の日付は、中西さんが保管のために書いたもの。願いと署名は反対側にある。

中西さんが私に見てほしいと言ったのは、この日付だった。2020年に撮った裏面の写真を開くと、そこにも「2021年7月8日」と写っている。

中西さんが翌年に書く日付が、前年の写真にある。似た画像を取り違えたのではないかと考え、写真の保管先を確かめた。

中西さんは2020年の片付け後、回収した短冊の写真を、その年の会長の小野一雄さん(72歳)へまとめて送っていた。私は小野さんにも頼み、保存していた連絡を見せてもらった。前後には短冊の枚数や神社へ持っていく相談があり、その中に、同じ裏面の画像が残っていた。別の短冊を机に並べた写真も、同じ組に含まれている。

送信日時の表示だけで画像の来歴がすべて分かるわけではない。それでも、中西さんの端末の中だけで別の年の写真を混同した、という話では済まなかった。中西さんは2020年にその文字を読んだ覚えがなく、当時は裏も撮っただけで、拡大して見ていなかったと話した。

2020年の写真の紙と、手元の紙が同じ1枚なら、2020年の七夕の後に燃やしたはずの紙が、2021年にまた竹に結ばれていたことになる。中西さんは、2020年の239枚目も、ほかの短冊と一緒に神社へ納めたと帳面で確かめた。神社の受付の帳面にも、2020年7月10日に「旭町商店会 短冊 239枚」を預かったとあり、9月の焚き上げで燃やしたという。

私は茶色い点を、虫眼鏡で見せてもらった。インクのしみではなく、紙の表面が少し焦げて、薄く固くなっている。お焚き上げの火なら、紙は残らない。

小野さんは、薄紫の紙を使っていたころの七夕を覚えていた。2008年の七夕の晩、竹のそばに置いた提灯が風で倒れ、何枚かの短冊に火が移った。すぐに消したが、焦げた短冊は外して捨てたという。その中に、小学生の女の子の短冊があった。商店会は翌年から、竹のそばの明かりを電気の灯に替えた。

「化粧品店の娘さんで、みつこちゃんといいました。七夕セールの日は、毎年お母さんの店の前で短冊を書いていたんです。雨だと客が来ないから、晴れますように、と」

化粧品店は翌2009年に店を閉め、一家は町を離れた。回収の数が1枚多くなり始めたのは、その年からである。

小野さんの紹介で、みつこさんの母親に電話で話を聞くことができた。みつこさんは今、県外で働いている。母親は2008年の七夕を覚えていた。焦げた短冊を見て、みつこさんが泣いたので、もう一度書こうと言ったが、行事はもう片付けが始まっていた。

「書き直せなかったね、と、あの子は何年か言っていました。神社へ持っていってもらえなかったのが、気になっていたみたいです」

2008年の焦げた短冊が、捨てられずに残っていたのかは分からない。母親も、その紙がどうなったかは知らなかった。

母親は後日、みつこさんが2008年の夏休みに書いた絵日記の写しを送ってくれた。「す」の結びが大きく丸くなる癖や、「ま」の横線が右へ長く伸びる書き方は、短冊の字とよく似ていた。ただ、同じ年ごろの子どもの字は、似ることが多い。

みつこさんにも、母親を通して話を伝えてもらった。みつこさんはしばらく黙ってから、「晴れたのかな」とだけ言ったという。焦げ跡のある去年の1枚を見せるかどうかは、母親もまだ決めていない。

今年は6月25日に竹を立てた。翌26日、私が訪ねたときには約60枚が下がり、薄紫の紙はなかった。赤や青の短冊が、アーケードを通る風で裏返っていた。

去年の1枚は、その間も金物店の封筒にあった。中西さんは今年も別の1枚が来るのか、保管している紙がなくなるのかと聞かれるが、どちらもまだ起きていない。

中西さんは、今年の片付けの後、去年の1枚も一緒に神社へ持っていくつもりだという。2008年に燃やしてもらえなかった分を、今度こそ納めたいと話した。

中西さんは新しい封筒を出し、表に「みつこ」とだけ書いた。今年見つかった紙を入れるためだという。日付を入れないのかと聞くと、去年の短冊を裏返して、書き込んだ数字を見た。

「次に書くなら、先に写真を全部見てからにします」

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