地方の集落には、火の見やぐらを取り壊した後も、半鐘だけを捨てずにしまっておくところがある。火事を知らせるために鳴らした鐘で、集落の人にとっては、長く村の真ん中にあった物である。
北都県深海市の山あいにある浅間沢の集会所では、9月の晴れた午後、西側の壁に火の見やぐらの形が映る。はしごのような骨組みと屋根があり、屋根の下には鐘に似た黒いふくらみがある。壁の前は砂利の空き地で、やぐらは立っていない。
1998年に取り壊したのだという。火事を知らせる半鐘を吊るした見張り台だったが、老朽化して撤去された。鐘だけは捨てず、集会所の東側にある物置で保管している。この集落には、私も別の件で来たことがあった。今の浅間沢は20世帯ほどで、集会所は1972年に建てた平屋である。
今年から区長を務める杉本利久さん(58歳)に見せてもらった2019年と2021年の写真には、どちらも壁の同じあたりにやぐらの形が写っていた。撮影したのは9月の15時ごろ。1990年ごろの秋祭りの日に撮られた、実際にやぐらがあった時代の写真と並べると、屋根の傾きや骨組みが似ていた。杉本さんは2019年から毎年9月に壁を撮っていて、形が出るのは、晴れた日の9月の初めの10日ほどに限られるという。
「初めて見たときは、誰かが壁に絵を描いたのかと思いました。近づいたら、ただの影なんです。でも、影を作る物がない」
私が集会所へ行った2022年9月4日も晴れていた。西から日が差し、14時52分、壁に細い線が見え始めた。まもなく屋根と鐘まで分かる形になった。
空き地を歩くと、私自身の影も壁の上を動いた。やぐらの形へ重ねても、黒い線は欠けずに見える。ただ、暗い影に別の影を重ねても、そこが暗いままなのは不思議ではない。それだけでは何も確かめられないと杉本さんにも話した。
近くの建物や電柱が作る影なのか、どこかから形を投影しているのかを見て回った。該当しそうな物は見つからない。西側は斜面で、日を遮るのは遠くの山だけだった。壁には古い補修跡があったが、やぐらの線に沿って塗り分けられているようにも見えなかった。
私が壁の形を撮っていると、杉本さんが物置の半鐘を出そうと言った。残っている実物を見れば、昔の写真の鐘と比べられる。杉本さんと、前の区長の佐久間茂さん(75歳)が台車を持って東側へ回り、私は壁の前に残った。
鐘を動かし始めたころ、壁に映った屋根の下の黒い部分が、少し下がった。屋根と骨組みは動かない。鐘に見える部分だけが傾き、元の位置へ戻った。
雲で日差しが変わったのかと思って空を見たが、屋根の線も私の影も動いていなかった。杉本さんに声を掛けると、半鐘を台車へ載せるため、傾けて持ち上げたところだと言った。
鐘があるのは建物の東側、形が映るのは西側の外壁である。間に集会所が挟まる。西日がその鐘を照らして、西側の壁へ直接影を落とす位置関係ではない。
今度は杉本さんに半鐘を布で覆ってもらい、台車の上で少し向きを変えてもらった。私は壁を動画で撮った。鐘に見える部分が横へ振れる。布を外して動かしても、その部分が動いた。壁には布の形は現れず、むき出しの鐘のような輪郭が残った。
次に、半鐘を台車から低い台へ移した。壁では屋根と骨組みがそのままなのに、鐘の形だけが下へずれた。昔の写真では屋根のすぐ下に吊られていた鐘が、そこから離れてしまった。私は建物の東側へ回り、低い台に置かれた実物も撮った。

見ている場所による思い違いも考え、杉本さんと役割を替えた。杉本さんが西側で壁を撮り、今度は私が、佐久間さんと鐘を動かした。物置側のカメラは、鐘の動きが見える位置に置いた。壁側からの合図で2人で少し持ち上げ、低い台へ戻した。
後で両方の動画を比べると、実物を上げ下げした順に、壁の鐘も上がって下がっていた。細かな動きまで寸分違わず一致したとはいえないが、持ち上げたときに壁では下がる、という食い違いはなかった。物置側の動画では、持ち上げたのが15時3分、下ろしたのが15時5分だった。
15時15分、やぐらの形は消えた。半鐘は低い台に置いたままで、私たちは動かしていない。鐘に見える部分だけでなく、屋根も骨組みも見えなくなった。
結局、何が壁に形を映していたのかは分からなかった。建物全体を調べたわけではなく、隠れた光源の有無も確かめ切れていない。集会所の東と西の壁には窓がなく、建物の中を通って光が抜ける道もない。ただ、1990年ごろの写真と、この日の最後の写真では、屋根から鐘までの間隔が違う。壁に古いやぐらの姿が残っているだけなら、保管していた鐘を動かした分まで変わる理由がない。
片付けの前に、佐久間さんが集会所の中から額を1枚持ってきた。やぐらを取り壊した日に撮った写真だという。やぐらの下で、消防団の法被を着た男性が3人、縄で吊った半鐘を下ろしている。裏には「平成十年九月四日 午後三時 半鐘を下ろす」と書いてあった。
ちょうど24年前の今日である。写真の時刻は、壁の形が出ている時間の中ほどに当たる。
縄を持つ3人のうち、いちばん若いのが杉本さんだった。杉本さんは当時34歳で、消防団に入って間もなかった。もう1人は佐久間さんで、当時は51歳だった。残る1人は、5年前に亡くなっている。杉本さんは、鐘を下ろす係を言いつかったのを覚えているという。当時の区長が腕時計を見て、3時になったら始めろと言ったので、時刻もはっきり覚えていた。
「下ろして、台車に載せて、物置まで運びました。その日はそれで終わりです。やぐらの上に鐘を戻すことは、もうないので」
「最後に下ろすとき、縄が手の中で少しずつ滑っていって、鐘が揺れて、こつんと柱に当たったんです。鳴らしたわけでもないのに、ずいぶん長く音が残りました」
佐久間さんによると、半鐘は昭和の初めに村で買い、やぐらの上で70年近く鳴らしてきた。最後に鳴らしたのは取り壊しの前の年の山火事のときで、それからは誰も打っていない。物置に入れてからは、年に一度、ほこりを払う以外には動かしていなかった。市の資料館へ渡す話も出たが、集落で持っていたいという声が多く、物置に残したという。
杉本さんは、壁の形を写真に撮るようになったのが2019年からで、それより前の9月の午後には、集会所に人がいることが少なかったと話した。壁の形がいつから現れていたのかは、分からない。
写真の中の鐘は、縄で吊られて、屋根の下から半分ほど下ろされた所にあった。私は、この日の壁の最後の写真と見比べた。低い台に移した後の、屋根から離れた鐘の位置は、額の写真の、半分ほど下ろされた鐘の高さとよく似ていた。
杉本さんは片付ける前に、半鐘を最初に置いてあった台へ戻した。私も西側の壁を見たが、やぐらの形はもう出ていなかった。実物は戻せても、壁の鐘が元の高さへ戻ったかは、その日には確かめられなかった。
杉本さんは来年の9月4日の午後、半鐘を物置から出して、台車ではなく、元の高さに近い所まで持ち上げてみるつもりだという。額の写真は、集会所の入口の壁に掛け直された。私たちが壁の前に立っていた所には、佐久間さんが小石を一つ置いた。来年、同じ所から撮るための目印だという。



