南條市のクリーニング店の紺のコートに関する奇妙な記録

霧島秀一撮影。クリーニング店の淡色の受付台の隣に、木のハンガーで掛けた紺の膝丈コート。

地方の町のクリーニング店では、服を洗う前にポケットの中を確かめる。小銭やレシートが入ったまま洗うと、服も機械も傷むからだ。見つけた物は封筒に入れ、受付の控えに書いて客へ返す。

北都県南條市のあるクリーニング店では、その点検を終えられず、紺のコートを洗わないまま預かっていた。左胸の内ポケットが、外から触った大きさより深いという。

コートは今年9月末、持ち主の簗瀬正一さん(71歳)が秋冬に着るために持ち込んだ。店主の海老塚和夫さん(64歳)が中のごみを払おうとしたところ、指先が底に届かなかった。内ポケットの袋部分が破れ、手が表地と裏地の間へ入っているのだろう。海老塚さんはそう考え、洗う前に修理を勧める電話をかけた。

簗瀬さんは、このポケットに定期券や折った新聞を入れていたと話した。底が抜けた覚えはないが、春に最後に着たときのことは詳しく思い出せないという。海老塚さんは袋を裏地越しに触ってみたが、手を入れたときほど長くは感じられなかった。

私は10月5日、店でそのコートを見せてもらった。簗瀬さんも来ており、袖口の直し跡から自分の服で間違いないと確かめた。2018年に南條市の洋服店で買った品で、人から譲り受けた物ではない。いつから深くなったのかを知る手掛かりはなかった。

内ポケットの入口は、濃い灰色の裏地に横向きに付いている。その奥に縫われた袋が、表地と裏地の間へ垂れている作りだった。海老塚さんは袋の下端を裏地越しにつまんだ。私も触って確かめたが、入口から手のひらほどの所で、布の重なりが終わっていた。

海老塚さんは30センチの硬い木の物差しを、ポケットへ差し入れた。半分ほどで底に当たるはずだが、物差しはその先へ進み、指で持つ端だけが入口に残った。力を加えて押し込んだ様子はない。

海老塚さんが物差しを持ったまま、私はコートの外側から、先端が来るはずの辺りに触れた。そこにも、その下の裾にも、硬い物はなかった。布が細長く突っ張ることもない。引き抜いた物差しは折れておらず、私は作業台に置いて端から端まで見た。

袋の底を私が見落としているのか、物差しが別の隙間へ入っているのか。この状態では、表地と裏地に隠れた部分が残る。海老塚さんも、ポケットを外から確かめる必要があると話した。

この店では洋服の修理を近所の職人、松本隆夫さん(77歳)へ頼んでいる。簗瀬さんは、必要なら袋を交換してよいと申し出た。松本さんが袋に穴を見つければそこを直し、見つからなければ袋を取り外した状態を見せてもらうことになった。

10月8日、私は店の奥の作業台で、その作業に立ち会った。松本さんはコートの裏地の縫い目をほどき、左胸の内側をめくった。紺の表地から離した濃い灰色の裏地を持ち上げると、ポケットの袋全体が見えた。入口から底まで測ると約16センチ。底と両脇の縫い目は閉じており、袋に穴はなかった。

松本さんが袋を支え、海老塚さんが10月5日にも使った物差しを入口へ入れた。端を残して入っても、袋の底や横から先端は出なかった。物差しの一部が裏地の別の所へ回り込む様子も見えない。私は横から動画を撮った。後で画面を止めて見ても、袋は短いままで、その下には作業台が見えていた。

その場で袋を入口から取り外すことになった。松本さんは縫い付けてある糸をほどき、外した袋を簗瀬さんへ渡した。簗瀬さんは自分で内側と外側を見た後、何も入っていないことを確かめて台へ置いた。私も、台へ置かれた袋を撮った。

霧島秀一撮影。淡色の作業台に置かれた、コートから取り外した濃い灰色の内ポケットの袋。両脇と丸い底に縫い目がある。
霧島秀一撮影。2022年10月8日、コートから取り外した内ポケットの袋。入口に付いていた糸をほどいて外した。

袋を外したので、裏地には横長の入口だけが残った。松本さんは裏地を表地から離したまま持っていた。入口の裏側にも、何も付いていない。

海老塚さんがもう一度物差しを差し入れると、やはり指で持った端だけが残った。私は入口の裏側を見ていたが、そちらへ木の先は出てこなかった。手前から入れた部分を、向こう側で見ることができない。コートの表地は離してあり、その間にも物差しはなかった。

海老塚さんが物差しを引き抜くと、同じ物差しが戻った。取り外した袋へ物差しを入れると、16センチほどで底に当たった。

松本さんは、50年以上服を直してきて、こういう物は初めてだと言った。

「穴があれば、どこかに抜けた先がある。抜けた先がないのに入っていくのは、布の話じゃありません」

私は海老塚さんに、このコートを前にも預かったことがあるかを尋ねた。海老塚さんは受付の控えの綴りをめくった。簗瀬さんは毎年、秋と春にこのコートを出していた。2019年秋の控えには、検品の欄に「左内ポケット 異常なし」とある。

2021年10月の控えには、別の書き込みがあった。「左内ポケット 定期券1枚 お客様へ返却」。

海老塚さんは、その定期券を覚えていた。ポケットの奥に指を入れたら、薄いカードが1枚触れた。取り出して封筒に入れ、受け取りのときに簗瀬さんへ渡したという。そのときは、底に指が届いていたかどうかを気にしていなかった。

簗瀬さんも思い出した。家へ帰って封筒を開け、古い定期券だったので、机の引き出しへしまったという。翌日、私は簗瀬さんの家で、その定期券を見せてもらった。

柳瀬駅と南條駅の間の通勤定期券で、期限は2009年3月31日。名前の欄には簗瀬さんの名前が印字されている。角が少し丸くなっているだけで、折れも汚れもない。13年近くどこかに入っていたにしては、きれいだった。

「2月の終わりに、なくしたんです。駅で探して、届けも出したけれど、出てこなかった。結局、3月の分は切符で通いました」

そのころ着ていたのは、別の黒いコートで、2012年に処分している。今の紺のコートを買ったのは2018年である。2009年に失くした定期券が、2018年に買ったコートのポケットに入っていたことになる。

簗瀬さんは、去年封筒を開けたとき、古い物がどこかの箱から紛れ込んだのだろうと思っていた。ポケットから出てきたとは、海老塚さんの控えを見るまで考えていなかった。

駅に届けた紛失の控えも、簗瀬さんは取っておいた。日付は2009年2月27日で、なくした場所の欄には「通勤途中、不明」と書いてある。

簗瀬さんは袋を新しくする案を断り、入口を縫って閉じてほしいと頼んだ。そこにポケットの口があると、着たときに習慣で手を入れてしまうからだという。なぜ物差しが入ったのかは分からないが、もう深さを知りたいとは思わないと話した。

「なくした物が戻るなら、ありがたい話かもしれません。でも、ほかの物が向こうへ行くかもしれないでしょう」

海老塚さんは、入口を閉じる修理なら引き受けるが、クリーニングはできないと伝えた。外した袋が空だったことと、物差しの入っていった先に何もないことは別である。洗濯機へ入れてよい状態か判断できないという説明に、簗瀬さんも了承した。海老塚さんは、これからは検品の欄に、ポケットの底まで指が届いたかどうかも書くことにしたという。

10月11日、私は受け渡しに同席した。左胸には入口に沿った縫い目があり、指を差し込めなくなっていた。コートは洗っていないため、袖口の汚れは持ち込まれたときのまま残っていた。

松本さんは外した袋も返した。簗瀬さんは畳んだ袋を、コートとは別に紙封筒へ入れた。2009年の定期券も、同じ封筒に入れた。海老塚さんが渡した伝票には、クリーニングの欄に取消線が引かれ、修理の欄に「左内ポケット口を閉じる」と書いてあった。

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