柳瀬市の路地の昼も点く街灯に関する奇妙な記録

霧島秀一撮影。2023年3月28日、晴れた午前の住宅地の路地。白い外壁の貸家と低い塀、舗装、1本の街灯が見える。街灯の細長い蛍光管は点灯している。

住宅地の路地を照らす街灯の多くは、市ではなく町内会が管理している。台帳には設置した年や管の交換日が手書きで残り、その中に、理由の分からない書き込みが混じっていることがある。

晴れた昼に街灯を消すと、路地の一角が暗くなる。上には青空が見え、隣の通りには日が差しているのに、その街灯の下では舗装の細かなひびまで見えなくなった。

北都県柳瀬市内の路地で起きていることだ。町内会が管理する街灯が1本あり、昼間も点いている。路地に面した貸家へ引っ越してきた藤沼典江さん(66歳)が、最初に町内会へ故障を知らせた。

「昼まで点けていたら、もったいないでしょう」

藤沼さんは2023年3月初めに入居した。南側の窓の前には低い塀と路地があり、向かいの建物までは間が空いている。内見に来た日も、窓際に置いた鞄まで日が当たった。昼間は照明を使わずに本を読めそうだったので、引っ越しの荷物を解くと、窓のそばへ机を置いたという。勤めを辞めてからは、図書館で借りた本を昼のうちに読むのが日課だった。

そこから外を見ると、街灯の白い管が点いていた。何日か見ても消えていないので、3月18日、町内会で街灯の手入れを担当する横根光夫さん(72歳)へ伝えた。

この街灯には、周囲が暗くなると点灯し、明るくなると消灯する小さな部品(自動点滅器)が付いている。昼も点き続けるのは、この点滅器の故障でよく起きることだ。電気代は灯数で決まる定額の契約なので、昼に点いていても請求額は変わらない。誰も気づかないまま点き続けていることもある。横根さんは電気店に点検を頼み、古くなった蛍光管も一緒に替えてもらうことにした。

21日の午前、電気工事を担当する深貝征介さん(48歳)が来た。作業前に街灯の電源を切ると、路地と、その両側の家の壁が暗くなったという。

藤沼さんは窓際で本を読んでいた。ページが見えなくなり、部屋の停電かと思って天井灯のひもを引いた。照明は普通に点いた。そこで初めて、さっきまで部屋の電気を使っていなかったことに気づいたという。

外では横根さんが、いったん電源を戻すよう頼んでいた。蛍光管が点くと、舗装が明るくなり、藤沼さんの窓にも日が差した。深貝さんは、まだ管を外していなかった。その日は交換を中止した。

横根さんから私に連絡があったのは24日だった。今まで昼に電源を切っても、このようなことはなかったと話した。いつから消灯で路地が暗くなるようになったのかは、分かっていない。

私は28日の午前、横根さんと深貝さんに現地で会った。藤沼さんにも家の前へ出てもらった。空は晴れていた。路地の舗装は白っぽく見え、藤沼さんの窓の下には、塀の上から差す光が細長く伸びていた。

深貝さんは、点検のためもう一度電源を切る予定だった。横根さんが近くの家へ声をかけ、人が通っていないことを確かめた。私たちは明るさの変わらない隣の通りへ出た。

電源を切る前に、深貝さんは脚立に上り、点滅器の光を受ける部分を手で覆ったり外したりした。覆っても外しても管は点いたままで、点滅器が働いていないことは確かだった。昼に点いている理由は、ここまでは普通の故障で説明がつく。

深貝さんが電源を切った。

街灯の管が消えると、路地の舗装が暗くなった。藤沼さんの家の白い外壁も黒っぽくなり、窓の下にあった光の帯が消えた。昼の通りから、照明のない夜道を見ているようだった。

雲が日を遮ったのかと思い、空を見上げた。雲は来ていない。路地の上に屋根や覆いはなく、向かいの家の屋根瓦は同じように日を受けていた。暗くなった範囲は街灯の下だけに収まらず、両側の壁と、藤沼さんの窓まで及んでいた。

深貝さんが懐中電灯を向けた。白い光が路面に丸く当たり、その中で小石と舗装のひびが見えた。照らす先を変えると、前に照らしていた所はまた見えなくなった。煙や霧で路地全体が隠れている様子はなかった。

私は、明るい通りの舗装と暗い路地の境が同じ画面に入るように撮った。白い光が当たった所まで含めても、路地の奥は暗かった。カメラの画面を見たためにそう感じたのではなく、顔を上げても同じだった。

霧島秀一撮影。2023年3月28日午前。青空と日を受ける屋根、明るい手前の通りの奥に、暗い路地が続く。街灯は消えており、懐中電灯の丸い光が当たる舗装の小石とひびだけが明るく見える。
霧島秀一撮影。2023年3月28日午前、街灯を消している間の路地。手前の通りと屋根には日が当たり、路地の舗装と家の壁は暗い。路面の丸い光は深貝さんの懐中電灯による。

深貝さんが電源を戻した。蛍光管が点き、路地が明るくなった。家の窓の下にも、塀の上端に沿う細長い光が戻った。空は晴れたままだった。

夜、この1本だけを点けても、家の壁全体がこれほど明るくはならないと横根さんは話した。私が見たのも、蛍光管の白い光が少し増えたという変化ではなかった。点灯後の路地は、隣の通りと続く、晴れた日の路地だった。

深貝さんは、点滅器だけを直して作業を終えるわけにはいかないと話した。配線の点検とは別に、町内会から市へ状況を伝えることになった。原因が分かるまでは、今の街灯を昼も点けておく。次に電源を切るときは、先に沿道の家へ知らせることにした。

点検の後、横根さんは近くの自宅から町内会の街灯台帳を持ってきてくれた。大学ノートに1本ずつ欄を設け、設置の年や管を替えた日を書き込んだものだ。この街灯は1979年に、路地の角に立てられていた。横根さんが担当になってからの欄には、2019年と2021年に、昼間に電源を切って管を替えたと書いてある。どちらも晴れた日の昼前の作業だったが、路地が暗くなることはなかった。

ページの上の余白に、前の担当者の字で「昼も点けておくこと」と書かれていた。1996年の日付がある。横根さんは2015年に担当を引き継いだとき、この書き込みを見ていた。昼に点く故障があったころの覚え書きだろうと考え、点滅器を付けたのだという。前の担当者は市外の施設に移っており、横根さんは書き込みの理由を聞いたことがない。

横根さんは、その場で貸家の持ち主にも電話をかけてくれた。藤沼さんの前の住人が出たのは2017年で、それから先月まで、家は空いていたという。2019年と2021年に横根さんが電源を切ったとき、窓の内側には誰もいなかったことになる。前の住人が窓際で何をしていたのかは、持ち主にも分からなかった。

私は藤沼さんに窓際を見せてもらった。机には読みかけの本があり、窓から差した光が、開いたページの端まで届いていた。天井灯は消えている。21日には、ここで突然文字が読めなくなったのだという。

藤沼さんは、内見の日にも街灯が点いていたか覚えていなかった。部屋の明かりを消してもらい、窓からどれくらい光が入るかは見た。そのとき、外の電気まで確かめるとは考えていなかったと話した。

机の端には、引っ越し前の部屋で使っていた小さな読書灯が置かれていた。荷物を解いたときには、昼は要らないと思い、棚へしまっていたものだ。21日の後にまた出したという。

藤沼さんは本を閉じず、読書灯の角度を直した。窓から差す光と重なり、点けても紙の明るさはほとんど変わらなかった。

「次の点検の日も、ここで読んでいようと思います」

暗くなる前に読書灯を点けておけば、本は読める。外を見ていると、工事の人が帰るまで何もできなくなるからだと話した。机を別の場所へ移すつもりはないという。

帰り際、横根さんが窓の外から、今日の点検は終わったと伝えた。藤沼さんは礼を言い、読書灯を消そうと指を伸ばした。途中で手を止め、本の方へ戻した。

私が路地へ出ると、藤沼さんは窓際で続きを読んでいた。机の読書灯も、外の街灯も点いたままだった。窓には午前の日が差していた。

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