南條市の台所で冷ましたパンに関する奇妙な記録

霧島秀一撮影。2023年4月5日、台所の金属の網に置かれた丸パン1個。表面は茶色く焼けており、横にはミトンと天板が置かれている。

家で焼いたパンは、焼き上がってすぐ袋に入れず、網の上で冷ましてから包むのが普通だ。熱いうちに閉じると、湯気が袋の内側で水滴になり、皮が湿ってしまう。冷ましている間にパンが変わるとしても、せいぜい皮が少し柔らかくなる程度で、焼いたものが生地に戻ることはない。パンが焼けるのは、熱で生地の中の水分が抜け、膨らんだ形のまま中身が固まるからだ。いったん固まった中身は、冷めても、日がたって硬くなっても、こねる前の柔らかさには戻らない。

北都県南條市に住む神立佐奈さん(38歳)は、自宅で焼いたパンを食べた友人に、中まで焼けていたかと尋ねていた。食べ残しが硬くなったのではない。冷ますために台へ残した2個から焼き色が消え、指に付く柔らかい生地になっていた。

2023年3月26日の日曜日、神立さんは丸いパンを4個焼いた。訪ねてきた友人の向原郁子さん(39歳)と1個ずつ食べ、残りは向原さんに持ち帰ってもらうつもりだった。2人は同じ地区に住む10年来の友人だ。すぐ袋に入れると内側に水滴が付くので、2個は網の上へ置いておいた。

2人が食べたパンの皮は茶色く、ちぎると内側には細かな穴が見えた。向原さんは、底の皮が少し硬かったことまで覚えている。食べ終えて茶を飲み、帰る前に神立さんが台所へ行くと、網の上の2個が白くなっていた。

神立さんは1個を持ち上げようとしたが、底が網にくっついていた。指を離すと、白いものが糸を引いた。向原さんを台所へ呼び、切って中を見てもらった。包丁にはぬれた生地が付き、断面には先ほど食べたパンのような穴がなかったという。

その場では、焼く時間が足りなかったのかもしれないと話した。神立さんは持ち帰り用の袋をしまい、翌日、向原さんへ改めて食べたときの様子を尋ねた。

「ちゃんと焼けていたよ。おいしかったから、また焼いて」

向原さんは、残った2個が白くなったことも知っていた。食べた2個は普通のパンだったと伝え、神立さんを安心させるつもりだったそうだ。神立さんはその返事を読み、食べた分だけは失敗していなかったと思った。

神立さんはパン作りを始めて6年になり、仕事が休みの週末に焼くことが多い。翌朝に食べる分まで一緒に焼くこともあり、冷ましている間にこのような形になったのは初めてだった。残った2個は食べずに処分した。

28日、神立さんは焼き時間を5分延ばして、もう一度2個だけ焼いた。網に置いたまま様子を見ていると、30分ほどで同じように白くなったという。携帯電話には、そのとき撮った写真が2枚残っていた。14時2分の写真では網の上のパンに焼き色があり、14時35分の写真では、同じ位置に白い塊が2つ載っている。焼くところから見てもらいたいという連絡が私に届いたのは、2日後の30日だった。

4月5日、私は神立さんの台所を訪ねた。向原さんにも来てもらい、26日の話を2人に聞いた。この日は神立さんに、生地を1個だけ焼いてもらった。食べるためではなく、取り出した後の変化を確かめることにした。台所の網を見せてもらうと、網目の何か所かに、28日の白い生地が乾いて残っていた。洗っても取り切れなかったのだという。

材料は小麦粉、水、イースト、塩、砂糖、少量の油だった。神立さんは26日と同じ配合で、その朝に新しくこねたと話した。私が着いたときには、丸めた生地が天板の上で膨らんでいた。私は、神立さんが天板をオーブンへ入れてから、焼き上がったパンを取り出すまで、同じ台所にいた。オーブンは200度に温めてあり、庫内に入れた温度計の針もほぼ同じ所を指していた。

神立さんはミトンで天板を持ち、パンを網へ移した。丸く膨らんだ表面には濃い焼き色が付いていた。私は台とパンを撮影した。台の上には、ほかにパンも生地も置かれていなかった。

数分待ってから、神立さんがパンをまな板へ移し、パン切り包丁で中央を切った。皮が割れ、まな板に茶色いくずが落ちた。2つの断面には小さな穴が並び、神立さんがフォークで端を押すと、へこんだ部分が少し戻った。包丁に粘る生地は付いていなかった。生焼けのパンなら、ここで刃に湿った生地が付き、押した跡も戻らない。

2切れは切り口を上にして、乾いた白い皿へ置いた。まな板に落ちたくずも、神立さんが包丁の平らな面で集め、皿の手前へ移した。私は皿ごと台所のはかりに載せ、重さを書き留めた。それから皿の横で見続け、向原さんはテーブルを挟んで座っていた。

初めに変わったのは、切り口の下の方だった。穴と穴の間にあった白い部分が厚くなり、穴が狭まっていった。押したり、水を掛けたりはしていない。やがて2つの切り口が滑らかになり、周りの茶色い皮も縁から薄くなった。

パンを切ってから30分ほどたつと、皿の上の2切れは、外側も中も白くなっていた。神立さんがフォークを差し込んで持ち上げると、一部が皿に残って長く伸びた。フォークから外して押さえれば、そのまま丸められそうな生地だった。焼き色の濃かった底にも、茶色い皮は残っていなかった。

皿の手前のくずも白くなっていた。向原さんが指摘したので、私は近くから見た。最初は乾いた薄片だったものが、小さなぬれた塊になっている。神立さんが清潔なスプーンの背で押すと、塊は平たく延び、スプーンを上げた後にも皿へ張り付いていた。

私は、2切れとくずを同じ皿に置いたまま撮影した。下の写真はその時のものだ。切った直後にあった穴も、茶色い皮も、この時点では見えなくなっている。

霧島秀一撮影。2023年4月5日、白い皿に離して置かれた白い生地状の2切れと、手前の小さな塊。2切れの切り口は滑らかで、茶色い皮やパンの細かな穴は見えない。
霧島秀一撮影。2023年4月5日、神立さん宅。切ってから約30分後の2切れと、皿の手前に集めたくず。茶色い皮は見えず、切り口も滑らかになっている。

撮影の後、皿をもう一度はかりに載せた。皿の重さを引いたパンの分は、切った直後と同じ68グラムのままだった。台所の湿気や湯気を吸って柔らかくなったのなら、重さは増えるはずだ。生地は、外から水を足されずに、ぬれた状態になっていた。

その日は誰もパンを食べなかった。私が見たのは、焼いて切ったパンと、そこから落ちたくずが、冷めていく間に白い生地へ変わるところだった。もとの材料と同じ状態に戻ったのかまでは調べていない。だが、初めから中が湿っていたという説明では、乾いていた皮のくずまで変わったことは説明できなかった。

向原さんは皿の手前を見て、26日に自分が食べたパンも、皮をちぎりながら食べたと話した。神立さんも同じように食べている。2人とも、その後に体調が変わったことはないという。向原さんは「白くなる前に食べ終わっていて、よかったのかな」と言い、それ以上は続けなかった。食べた2個が、その後どうなったかを示すものは残っていない。

神立さんはしばらくパンを焼かないことにし、私が見ていた分を食材とは分けて袋に入れ、捨てた。網とまな板を洗い、いつもパンを冷ましていた場所へ伏せて置いた。

4月10日、取材後の様子を尋ねると、神立さんは向原さんとのメッセージを見せてくれた。2人とも普段どおりに過ごしていた。27日の「また焼いて」には、一度「焼けたら知らせる」と返していたが、取材の日の夜に、当分は焼かないと伝え直している。

以前は、パンを渡した翌日に「おいしかった」と届けば、神立さんはそれで安心していたという。向原さんは26日のパンについても、同じ返事をした。

10日に見せてもらったやり取りでは、2人は週末に買い物へ行く時刻を相談していた。その話が済むと、神立さんは「今日も変わりない?」と尋ね、向原さんは「変わりないよ」と返していた。

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