地方の集会所で開かれる歌の集まりには、全員で声をそろえると、1人だけ姿が見えにくくなる参加者が存在することがある。
北都県南條市の集会所では、週に1度、近所の人が集まって歌っている。知っている歌を持ち寄り、全員で同じ旋律を歌う斉唱である。発表会の予定はなく、練習する歌もその日に来た人で決める。世話役が歌い出し、ほかの人が続く。歌詞は世話役が紙に書き写して配り、各自が前に立てた譜面台へ載せる。集まりは2時間ほどで、途中に休憩を挟む。
連絡をくれたのは、世話役の桐瀬和孝さん(69歳)だった。参加者の井戸坂和枝さん(74歳)が歌い始めると、座っている椅子の背が透けて見えるようになった。青い上着も、顔も、歌詞の紙をめくる手も薄くなり、やがて姿が見えなくなる。それでも、隣の人には歌声が聞こえている。歌うのをやめ、話し始めると、元の姿に戻るという。
初めて起きたのは2023年6月18日、日曜日の練習だった。その日は途中で切り上げたが、井戸坂さんは次の集まりにも来たいと言っている。私は桐瀬さんを通じて本人に話を聞き、翌週の練習を見せてもらうことになった。
6月25日の午後、集会所の一室には、背と座面が青い椅子が半円形に並んでいた。窓からの明かりに加えて天井の照明もついている。私は始まる前に、桐瀬さんの了承を得て部屋を撮った。
この日は6人が集まった。井戸坂さんは半円の右端に座り、譜面台へ歌詞の紙を置いた。隣は、井戸坂さんをこの集まりへ誘った小野間幸江さん(72歳)だった。2人は元の職場の同僚である。井戸坂さんは家でも歌うが、出だししか思い出せない歌もある。小野間さんが続きを歌ってくれると、最後まで一緒に歌えるという。
桐瀬さんは、井戸坂さんが1人で歌う番を作ってはどうかと提案した。18日には、歌い出しを思い出すために井戸坂さんだけで歌ったとき、姿は見えていた。その後、ほかの人が加わったところで、また薄くなったという。そのときは小野間さんが驚いて歌をやめ、ほかの人も止まったので、そのまま解散した。
井戸坂さんは、まずは隣に座って歌いたいと答えた。途中で困ったら自分で止めるので、すぐに全員で止めないでほしいとも頼んだ。私は半円の開いた側に椅子を置き、歌には加わらずに見ていた。
桐瀬さんが歌い出し、ほかの人が続いた。井戸坂さんも、譜面台に目を落として歌っていた。最初の言葉が終わらないうちに、青い上着の胸に、椅子の背の丸い角が重なって見えた。
椅子が胸を突き抜けて出てきたのではない。上着の襟も、その奥の椅子も同時に見えていた。顔や髪の色も薄くなり、向こうの壁が見え始めた。膝と靴も同じように薄くなった。やがて、譜面台の後ろには椅子の座面と背だけが見えるようになった。
まず、光の加減を疑った。窓からの光も照明も変わらず、ほかの5人は普通に見えている。私の目の疲れなら、全員が同じように薄く見えるはずだ。桐瀬さんにも見え方を尋ねた。桐瀬さんも、上着の色から先に薄くなったと話した。井戸坂さんが席を外したのでもない。井戸坂さんのいた所からは、同じ歌の続きが聞こえていた。
小野間さんが歌うのをやめ、隣へ手を伸ばした。指が空中で止まり、何かを押さえる形になった。小野間さんは「肩、触ってるからね」と声を掛けた。
「大丈夫」
井戸坂さんの返事があり、顔と青い上着が現れた。小野間さんの手は、その肩に載っていた。井戸坂さんは席を立っておらず、足も先ほどと同じように床についていた。
ほかの人の歌も止まった。井戸坂さんは手を膝に戻し、歌うこと自体は苦しくないと言った。見えなくなっている間も、自分が椅子に座っている感じは変わらない。ただ、歌詞の紙をめくろうとして出した自分の手は、本人にも見えなかったという。
私は、その変化を数メートル離れて直接見ていた。井戸坂さんがどこかへ移った様子はなく、消えていた間にも声は同じ所から聞こえた。肩に触れ続けていたことは、小野間さんから聞いた。
井戸坂さんは小野間さんに、怖くなったのかと尋ねた。小野間さんはうなずいた。
「歌ってるって分かっていても、横を見るといないから」
「私の方からは、皆さんがちゃんと見えているんですよ」と井戸坂さんは言った。
桐瀬さんはもう一度、1人ずつ歌う形を提案した。全員が順番に歌えば、井戸坂さんだけを特別に扱わずに済むとも言った。井戸坂さんは、まず自分から歌ってみることにした。
歌い出すと、全員が井戸坂さんの方を向いた。小野間さんも膝に歌詞の紙を置き、口を閉じて聴いていた。井戸坂さんの顔も手も見えている。1番を終えると、小さな拍手が起きた。井戸坂さんは礼を言ったが、2番には進まなかった。
「次にどこへ行くのか、幸江さんの声で分かるんです」
井戸坂さんは順番を次の人へ譲った。その人が歌い終わると、桐瀬さんは休憩にした。
休憩の間に、桐瀬さんが練習のノートを見せてくれた。毎回、歌った曲と、その曲を持ってきた人の名前を書いている。「誰の歌か書いておくと、次に来たとき、その人に歌い出しを頼めるんです」と桐瀬さんは言う。井戸坂さんが来るようになったのは4月で、それから6月11日までは、井戸坂さんが持ってきた歌ばかりを全員で歌っていた。どれも、本人が最後まで覚えている歌だった。
18日の欄には、初めて小野間さんの名前が書かれていた。小野間さんが持ってきたのは、2人が勤めていた頃、職場の昼休みに歌っていた歌である。
「あの頃は和枝さんが歌い出して、皆が後に続いたんです。私は歌詞を和枝さんから覚えました」
職場は市内の縫製工場で、2人は40年近く前、同じ作業台に並んでいたという。
今は、その歌の出だししか井戸坂さんは思い出せない。続きは小野間さんの声を聞きながら歌う。小野間さんが長く伸ばした所では自分も伸ばし、息を吸えば少し待つ。そうしながら最後まで歌いたかったのだと、井戸坂さんは話した。18日も今日も、姿が薄くなったのは、その歌をほかの人と一緒に歌っていたときだった。
小野間さんは椅子を井戸坂さんの方へ寄せた。2人が水を取りに席を離れた間、私は了承を得て、近づけられた2つの椅子と譜面台を撮った。

戻ってきた2人は、膝の上の紙を見比べていた。小野間さんが職場の歌の歌詞をもう一度出すと、井戸坂さんは初めの所を小さく歌った。
小野間さんがその続きを口ずさんだ。井戸坂さんも声を重ねた。その頬を通して、向こうの白い壁が見えかけた。小野間さんはすぐに口を閉じた。井戸坂さんも歌うのをやめ、膝の上の紙を譜面台へ戻した。
「そのまま歌って」
井戸坂さんはそう言い、右手を小野間さんへ差し出した。小野間さんは、見えている手を取った。困ったら自分から声を掛けるので、それまでは続けてほしいと井戸坂さんは頼んだ。小野間さんは手を握ったまま、さっき途切れた所から歌い直した。
井戸坂さんが続くと、青い袖が薄くなった。小野間さんの手の中で、井戸坂さんの指が見えなくなった。顔も上着も消え、2つの椅子のうち、片方は誰も座っていないように見えた。
2人の声は続いていた。小野間さんは、歌いながら握った手の位置を見ていた。井戸坂さんの顔があった高さへは目を上げなかった。
最後の音を伸ばし終えると、井戸坂さんが「そこまで覚えてた」と言った。椅子の上に姿が戻った。小野間さんは、相手の指が見えるようになってから、握っていた手を開いた。



