地方の古い市場の事故の記録には、「段差でつまずいた」とだけ書かれた件が、同じ時期に続けて並んでいることがある。
北都県南條市の市場には、小さな食料品店が並び、店の前を屋根のある通路が通っている。昼前になると、品物を運び終えた台車が通路の両側に止められ、残る幅は人1人分ほどになる。向かい合った客は、どちらかが脇の店先へ寄るか、体を横にして袋を持ち替え、すれ違う。通路で転んだり品物を落としたりすると、店の人が市場の管理事務所へ届け、事務員が記録帳に書き留める。
「『先にどうぞ』と言われてうなずいたら、相手の後ろに立っていたんです」
最初に連絡をくれた戸山和代さん(仮名、58歳)は、そう話した。2023年6月10日、土曜日の昼のことだ。戸山さんは右手に惣菜の袋を持ち、台車の間の細い通路で、向こうから来た男性が脇へ寄るのを待っていた。
男性は近所に住む長渡孝文さん(仮名、76歳)である。戸山さんは顔を知っており、以前にも市場で挨拶をしたことがあった。長渡さんは動かず、手のひらを上へ向けて道を示した。戸山さんがうなずいた直後、目の前の長渡さんがいなくなった。振り向くと、自分がいた場所に長渡さんの背中があった。戸山さんの足元は、通ろうとしていた台車の間を越えていた。
袋は右手にあり、中の惣菜もこぼれていなかった。足を踏み出した感じはなく、台車にも相手にも触れていない。戸山さんがその場で尋ねると、長渡さんは「これならぶつからないでしょう」と答え、挨拶をして歩いていったという。
12日に戸山さんから私へ連絡があった。長渡さんに、次に会ったときは同じことをしないでほしいと伝えたところ、「急いでいない日は、そう言ってください」と言われた。話が伝わっているのか分からないので、別の人にも聞いてほしいという相談だった。
戸山さんを通じて連絡すると、長渡さんは話を聞くことに応じてくれた。16日、金曜日の午前、買い物のついでに市場の入口で会った。長渡さんは空の買い物袋を片手に持ち、途中で会う店の人に声を掛けていた。
長渡さんは、戸山さんの話を否定しなかった。去年から、ときどき人と立つ場所が入れ替わるのだという。相手へ道を譲り、その人がうなずいたり礼を言ったりすると起きる、と本人は説明した。
「去年、膝の手術をしましてね。狭い所だと、横を向いたり、袋を持ち替えたりするでしょう。あれがこたえるんです。これなら、それをしなくて済む」
私は戸山さんが困っていたことを伝えた。長渡さんは、次からは待つつもりだと答えた。なぜ入れ替わるのかは、自分も知らないという。
長渡さんが野菜を買う間、私は店先で待った。青果店を営む古沢友江さん(仮名、63歳)にも取材に来たことを伝え、出入口の横に立たせてもらった。
この店の床は通路より1段高い。開け放した戸口のすぐ内側までが平らな店の床で、その端から通路へ下りる。長渡さんは支払いを終え、買い物袋を持って戸口へ来た。店の外へ顔を向け、段の縁の少し手前で止まった。
そのとき古沢さんは、外の売り台からトマトの箱を持って戻ってきた。両手で箱を抱え、通路の低い方から店へ入ろうとしていた。長渡さんとは2メートルほど離れている。私は戸口の右側におり、段と2人の全身が見えていた。
「先にどうぞ」
長渡さんが言った。古沢さんは「すみません」と答え、箱を抱え直した。私は声を掛けようとした。
古沢さんが、戸口の内側に立っていた。両手にはトマトの箱があり、店の奥を向いている。さっきまで長渡さんがいた場所だった。長渡さんは通路に移り、買い物袋を持ったまま店から外へ向いていた。
2人が体を横にしてすれ違う動きはなかった。間の通路を、足も箱も袋も通っていない。向きはそれぞれ元のままで、立っている場所だけが替わっていた。
古沢さんは肩越しに通路を振り返り、後ろへ半歩下がった。さっきまで背後に続いていた平らな通路は、そこにはなかった。かかとが段の外へ出て、体が後ろへ傾いた。
私は「後ろに段があります」と声を出し、腕を伸ばした。古沢さんは箱から片手を離して戸の枠をつかんだ。箱が傾き、トマトが段と通路へ落ちた。片足が下の通路に落ち、その脚のすねが段の縁をこすった。
私は古沢さんの腕を支え、店の中の椅子へ座ってもらった。すねには赤い擦り傷ができていた。古沢さんが店の救急箱を指したので、取って渡した。長渡さんは通路に落ちたトマトを拾っていた。
古沢さんは私に、店の中へ上がってから転んだのかと尋ねた。私は、段を上がる動作は見ていないと答えた。外で返事をした直後には、もう段の上にいた。長渡さんも、その間に段を下りてはいなかった。
古沢さんは長渡さんに、なぜ何も言わなかったのかと聞いた。長渡さんは、先に入ってよいと声を掛けた、と答えた。
「返事もしてくれたでしょう」
古沢さんは、長渡さんが脇へよけてから、自分で段を上がるつもりだったと話した。箱を持って急いで通してほしいと頼んだわけではない。長渡さんは、拾ったトマトを箱へ戻し、つぶれた分は自分が買うと言った。
古沢さんは、店のほかの者にも説明するので、見たことを書き残してほしいと私に頼んだ。私は了承を得て、戸口の段と通路を撮った。トマトは箱へ戻してあり、段の下に汁の跡が残っていた。

戸山さんとのことも含め、私は、入れ替わると分かっていない相手が返事をしている、と長渡さんへ伝えた。長渡さんは古沢さんの箱を見て、重い物を持っている人には、これから声を掛けないようにすると言った。
「手ぶらのときもしないでください」
古沢さんが言うと、長渡さんは、古沢さんが急いでいるときもか、と聞き返した。古沢さんはうなずいた。長渡さんはそれ以上尋ねなかった。
長渡さんは、代金を払ったトマトを紙袋へ入れた。傷んだトマトを押しつぶさないように並べ、袋の底へ手を添えた。古沢さんが、片付けは自分でするので先に帰ってほしいと言うと、長渡さんは「それじゃ、お先に」と体を向けた。古沢さんはうなずかず、出口を指した。
「自分で歩いて帰ってください」
古沢さんは、この件を市場の管理事務所へ届けると言った。私は19日、月曜日に事務所を訪ね、記録帳を見せてもらった。店から届いた転倒や品物の落下を、事務員が日付順に書き留めた大学ノートである。
去年の秋から今年の6月初めまでに、通路の段差や台車の脇での「つまずき」が5件書かれていた。それより前の1年間は1件しかない。うち3件の欄外に、届けた店の人の聞き取りとして「男性に先を譲られた直後」とあった。事務員は、狭い通路での譲り合いはよくあることなので、段差に気をつけるよう張り紙を増やしただけだったと話した。男性の名前は、どの欄にも書かれていない。16日の古沢さんの届けは、6件目として書き足されていた。
私は電話で、記録帳のことを長渡さんに伝えた。日付を読み上げると、長渡さんはしばらく黙り、そのうちの何日かは市場へ来ていたと言った。どの件が自分なのかは分からないという。転んだ人を見た覚えはない。譲った後は、振り返らずに歩いていたからだ。膝の手術は去年の夏だったという。記録帳の件数が増え始めたのは、その後である。
「親切のつもりだったんです。私も楽でしたけど」
20日の昼、私はもう一度市場へ行った。台車の並んだ細い通路の向こうから、長渡さんが歩いてきた。手前から、買い物袋を提げた女性が入っていく。長渡さんは何も言わずに乾物店の店先へ体を寄せた。膝をかばって横を向き、袋を左手へ持ち替えた。女性が会釈をして通り過ぎるまで、長渡さんは店先の柱に片手をついて立っていた。


