南條市の集合住宅の押し入れの中棚に関する奇妙な記録

霧島秀一撮影。集合住宅の共用廊下を挟み、左右の壁に向かい合って付いた2つの閉じた玄関扉。

地方の古い集合住宅には、共用廊下を挟んだ向かいの住戸と、押し入れの棚1枚でつながってしまった部屋が存在することがある。

集合住宅で近所の人と物を貸し借りするときは、玄関で受け取り、抱えて廊下を渡る。布団のような大きな物なら、なおさらだ。押し入れは住戸ごとに奥の和室に造られ、奥には背板があって、その向こうは壁になっている。

2023年8月5日、土曜日。北都県南條市の集合住宅で、私は鹿倉美弥子さん(52歳)が、借りていた客布団を返すところに立ち会った。鹿倉さんが自分の押し入れの棚へ敷き布団を載せると、棚の奥から仲沢佐知乃さん(70歳)の両手が伸びてきた。仲沢さんは、布団を自分の方へ引き取った。2人は、共用廊下を挟んで向かいの住戸に住んでいる。

棚の向こうには仲沢さんが立ち、その背後には別の畳の部屋が見えた。鹿倉さんは布団の端から手を離し、「長く借りていてすみません」と頭を下げた。

私はその日、先に仲沢さんの玄関から上がっていた。玄関の先には台所があり、さらに奥の和室に押し入れがある。その後、靴を履き、共用廊下を渡って鹿倉さんを訪ねた。こちらも台所を通った奥に和室があり、押し入れは玄関から離れている。2つの収納が背中合わせに造られているわけではなかった。

どちらの押し入れにも、上下を分ける木の中棚がある。ところが上段には背板がなく、奥行き1メートルにも満たない棚の先に、もう一組の襖が付いている。両方の襖を開けると、棚を挟んで互いの部屋が見える。鹿倉さんは、そこから布団を返せると私へ連絡してきた。

2人はこの建物で知り合い、買い物の帰りに玄関先で話す間柄だった。鹿倉さんは先月、泊まり客のために敷き布団を1枚借りた。借りたときは仲沢さんの玄関で受け取り、布団を抱えて廊下を渡った。客が帰った後、布団を干し、カバーを洗ってから返すつもりでいた。

その片付けの途中、鹿倉さんは自分の押し入れの奥に、見覚えのない茶色い収納箱があることに気づいた。箱を手前へ寄せようとすると、奥で襖が動き、仲沢さんの顔が現れたという。

仲沢さんはそのとき、自分の和室でタオルをしまっていた。茶色い箱は自分の物で、鹿倉さんに預けた覚えはなかった。箱の向こうに鹿倉さんがいたので、まず、いつ部屋へ入ってきたのかと思ったと話した。

鹿倉さんは襖を閉め、玄関から出て仲沢さんの呼び鈴を押した。部屋へ上げてもらうと、先ほど奥から見えた茶色い箱が、仲沢さんの押し入れにあった。箱の先には閉じた襖が見えた。鹿倉さんが自分の部屋で、出がけに閉めた襖だった。

「その日は、こちらからも開けないでおこうという話になりました」

仲沢さんはそう話した。ただ、着替えも寝具も中に残っていた。翌朝、鹿倉さんが自分の布団をしまおうと開けると、まだ茶色い箱が見えた。2人は連絡を取り、互いに使う物を棚の手前へ寄せた。

管理会社には2人で連絡し、担当者にも両方の住戸へ来てもらった。担当者は図面を広げ、2つの押し入れは隣り合っておらず、その間には共用廊下やそれぞれの台所があると説明したという。工事の方法は決まらず、棚や襖を取り外すこともまだしていない。私は担当者には会っておらず、この対応は2人から聞いた。

私も見間違いを疑った。巻尺で棚の奥行きを測ると、手前の襖から向こうの襖まで90センチほどだった。一方、共用廊下の幅だけで1メートル半ある。廊下に出て、2つの玄関の間を歩いて数えると、両方の和室の奥までは20歩近くかかった。

私が訪ねた5日、鹿倉さんは布団を畳み直していた。白地に細い青の縞がある敷き布団だった。カバーは乾いており、仲沢さんも受け取ってよいと答えていた。

「そちらまで押した方がいいですか」

鹿倉さんが尋ねると、仲沢さんは、自分の側の端を指した。鹿倉さんは布団を中棚へ載せ、縞の向きをそろえるように押した。仲沢さんが引き取り、重なった布の端を直した。2人の指が布団の角で一度触れた。私は鹿倉さんのすぐ脇にいた。

布団は棚を滑っただけだった。廊下や台所を通ったわけではない。仲沢さんの足元には、先ほど私が玄関から上がったときに見た、緑の座布団があった。

布団の角を直していた仲沢さんが、手を止めた。布団の縁に、色のあせた白い布の名札が縫い付けてある。仲沢さんはそれを鹿倉さんの方へ向けた。名札には、青い糸で「201」と刺してあった。鹿倉さんの住戸の番号である。

「この布団、もとはそちらの部屋の物なんです」

仲沢さんによると、鹿倉さんが入居する前、201号室には年配の女性が1人で住んでいた。仲沢さんとはよく物を貸し借りし、客が来るたびに、この布団を廊下越しに運び合っていた。2019年に女性が施設へ移るとき、仲沢さんに「向かいで使って」と言って置いていった。名札は、女性が自分で縫い付けたものだという。

鹿倉さんは、その女性の話を初めて聞いた。入居したのは2020年の春で、部屋は空いた後にきれいに直されていた。押し入れにも、何も残っていなかった。

先月、鹿倉さんが借りて部屋へ運び込んだのは、もとはその押し入れにしまわれていた布団だった。棚の奥に仲沢さんの部屋が見えるようになったのは、布団を返すために片付けていた最中である。

返した布団は、鹿倉さんから手の届く棚の奥に残った。仲沢さんはその横へ茶色い箱を戻した。私は2人に了承を得て、手前の中棚と、向こうの部屋まで入るように撮った。写真に写っているのは、鹿倉さんの和室から見た仲沢さんの和室である。

霧島秀一撮影。開いた押し入れの中棚に、白地に細い青の縞がある畳んだ敷き布団と茶色い収納箱。浅い棚の向こうに別の襖の開口部があり、奥に別の部屋の壁と窓が見える。
霧島秀一撮影。2023年8月5日、鹿倉さんの和室から。中棚に返却した青い縞の敷き布団と茶色い収納箱があり、奥に仲沢さんの和室が見える。

撮影の後、仲沢さんは自分の側の襖を閉めた。棚の奥が紙張りの面になり、仲沢さんも座布団も見えなくなった。鹿倉さんが手前の襖を引くと、こちらからは棚も見えなくなった。私は再び玄関を出た。共用廊下は来たときと変わらず、2つの玄関扉は向かい合っていた。

仲沢さんの呼び鈴を押した。仲沢さんは台所から玄関へ出てきた。私たちはいつもの経路で和室へ戻った。仲沢さんが開けた押し入れには、青い縞の布団と茶色い箱がある。奥では鹿倉さんの襖が閉まっていた。

私は、つながってから困っていることがあるか尋ねた。仲沢さんは、鹿倉さんに何かされたわけではないと前置きして、襖を開けたままにしづらくなったと答えた。

以前は天気の良い日に押し入れを開け、風を通していた。いまも開けることはあるが、鹿倉さんの声が聞こえると、仲沢さんは先に挨拶をする。相手が電話で話していただけだと分かり、途中で口を閉じたこともあるという。

「玄関だったら、呼ばれるまでは座っていていいでしょう」

仲沢さんは布団を指した。人を迎える用事がなくても、自分の寝具を出せば、向かいの部屋で誰かが暮らしているのが分かる。襖を閉めていれば見えない。それでも、鹿倉さんの側で棚から物を引く音がすると、自分も開けた方がよいのか考えてしまうそうだ。

話を終えると、仲沢さんは襖を閉めた。私は仲沢さんと玄関へ向かった。鹿倉さんにも帰る挨拶をするつもりだと伝えると、仲沢さんは買い物に出るので一緒に下りると言った。日よけの上着を取ってくると言い、和室へ戻った。上着は押し入れの中の、手前側に掛けてある。

私は台所で待った。和室の戸は開いており、中には仲沢さんしかいなかった。仲沢さんは襖の引き手へ手を伸ばし、そこで止めた。

指の背で、自分の押し入れを2度たたいた。

「ちょっと開けますね」

仲沢さんは引き手に指を掛けたまま待った。棚の向こうから鹿倉さんの返事があってから、襖を開けた。

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