引っ越しの見送りでは、見送る側が「もう一晩泊まっていけば」と声を掛けることがよくある。たいていは断られ、玄関先の握手で別れて終わる。
2024年3月1日、金曜日。北都県南條市で一人暮らしをしていた榎島一成さん(仮名、72歳)は、柳瀬市へ移るため家財を運び出した。仕事を辞め、息子の榎島航平さん(仮名、44歳)が住む町へ暮らしを移すことにしたという。見送りに来たのは、昔の同僚の加尾尚久さん(仮名、73歳)だった。加尾さんも南條市で一人で暮らしている。2人は退職後も、互いの家へ夕飯を食べに行く間柄だった。
加尾さんは、荷物を積み終わるまで榎島さんの家にいた。新居では、先に鍵を預かった航平さんが荷物を受け取ることになっていた。業者の車が出た後、加尾さんは「今晩はうちへ泊まっていけば」と勧めた。榎島さんは、息子に夕飯を頼んであるからと断った。
「それじゃ、また来るから」
榎島さんが右手を出し、加尾さんも右手で握った。何度か上下へ動かし、榎島さんが指を開こうとしたところで、加尾さんの体が前へ引かれた。加尾さんは、まだ握っているのかと思い、自分も手を緩めようとしたという。
2人の親指は、互いの手の甲に重なっていた。加尾さんによると、指の縁と手の甲の皮膚が盛り上がり、その間の溝を埋めていったという。ほかの指にも同じことが起き、指の下へ左手の爪を入れる隙間がなくなった。爪は見えているのに、指先だけを離せなかった。皮膚が裂けたり、血が出たりはしなかった。しばらく座って待っても、握った形は変わらなかった。
2人はその日のうちに病院を受診した。触れた場所が分かるかを確かめられ、手のエックス線写真も撮ったという。その場で手を離す処置は受けず、紹介された別の病院で4日、手の治療を専門にする医師の診察と検査を受けた。次の診察は8日で、治療の進め方はまだ決まっていなかった。4日の医師からは、手を離す手術はできるかもしれないが、つながった所の皮膚をどちらの手にどれだけ残すかで、指の動きに差が出るかもしれないと説明されたという。加尾さんは、その場で「向こうに多く残してください」と答えた。榎島さんは何も言わなかった。私は診察に立ち会っておらず、画像や医師の説明を直接確かめてはいない。
榎島さんは航平さんへ連絡し、家財だけを新居へ入れてもらった。その晩から、榎島さんは加尾さんの家に泊まっている。2人は居間に布団を2組並べ、つながった手を間に置いて寝ているという。3日に加尾さんから連絡を受け、私は5日の午後、その家を訪ねた。
2人は食卓を挟んで向かい合い、つながった右手を畳んだタオルへ載せていた。手首から上はそれぞれの腕へ続き、肘も別々に動いた。左手は離れていて、榎島さんは自分の電話を持ち、加尾さんは私が座る椅子を引いた。
近くで見せてもらうと、榎島さんの親指の爪は、加尾さんの手の甲の上にあった。爪の周りには榎島さんの指の形が残っているが、その縁をたどると加尾さんの皮膚へ滑らかに続いていた。手を包む膜や、巻き付けた布はなかった。榎島さんが親指を動かそうとすると、爪の先だけが少し持ち上がり、下の加尾さんの皮膚も一緒に引かれた。加尾さんが「そこは引っ張られる」と言い、榎島さんは動かすのをやめた。私は、もう一度試してほしいとは頼まなかった。
「指を開いてくれと、何度か言いました。向こうも同じことを言っていたんです」
2人とも、右の袖口から脇を通って裾まで、縫い目をほどいた前開きのシャツを着ていた。右腕に横から布を掛けられるので、つながった手を袖へ通さずに済む。ほどいたのは加尾さんで、1日の夜、2人分を用意したという。
私が初めに疑ったのは、どちらかが相手を引き留めるために、何かを手に付けたのではないかということだった。だが、接着剤なら皮膚の間に層が残る。2人の手は、爪の縁から先がそのまま相手の皮膚になっていた。病院でも、何かを塗った跡があるとは言われていないという。
訪ねる前日の4日の夜、私は航平さんにも電話で話を聞いていた。航平さんは、父親が加尾さんの家にいることを心配してはいなかった。ただ、2月の半ばに加尾さんから電話があったことを話してくれた。
「父の引っ越しを、春まで延ばせないかと言われました。部屋は空いているから、いつでも泊めると。父には言わないでくれ、とも」
航平さんは断った。新居の契約は済んでいたし、父親自身が移ると決めていたからだ。加尾さんは2月のうちに、客用の布団を一組買い足していたという。居間に並べた2組のうちの1組が、それだった。
航平さんは手術の話にも触れた。父親は8日の診察で、離す手術を頼むつもりでいる。ただ、加尾さんが「向こうに多く残して」と言ったことを気にしているという。自分の手を元に戻すために、友人の指が動きにくくなるかもしれないからだ。
5日、私は加尾さんに、航平さんへの電話のことを尋ねた。加尾さんは否定しなかった。
「一人で夕飯を食べる日が増えるのが、嫌だったんです。でも、こんなふうに残ってほしかったわけじゃない」
5日は、航平さんが車で迎えに来ることになっていた。榎島さんは、新居へ行って先に届いた荷物を開けたいと話した。着替えや日用品は箱に入ったままで、どの箱に何を詰めたかは自分が分かる。加尾さんは、荷物が片付くまでここで暮らせばよい、と言っていたそうだ。榎島さんは、加尾さんへ向き直った。
「俺も、自分の家で寝たいんだよ」
加尾さんはうなずいた。
加尾さんは立ち上がる前に、榎島さんへ「箪笥の方へ行っていいか」と尋ねた。榎島さんが電話を置き、つながった手を持ち上げながら立つと、加尾さんも合わせて立った。2人は右腕の間を空け過ぎないよう、寄り添って隣の部屋へ移った。私は2人に断り、椅子とタオルが残った食卓を撮った。
箪笥の前に着くと、加尾さんは左手で引き出しを開けた。自分の下着と靴下を取り出し、灰色の旅行鞄へ入れた。榎島さんは左手で鞄の口を支えた。加尾さんは別の引き出しからシャツを出し、まだ右の袖が閉じているのを確かめて、いったん箪笥の上へ置いた。
「この家へ戻るまで、何日分あればいいだろう」
加尾さんが聞くと、榎島さんは鞄の中を見た。
「俺の服もある。でも、いつ戻れるかは」
榎島さんはそこで言葉を止めた。加尾さんは引き出しを閉め、もう一組の下着を取り出すため、すぐに開け直した。
引き留めたかったのは加尾さんだった。けれども、つながった手で2人がどちらかの家に住むなら、移るのは加尾さんの方になった。榎島さんの新居には、家財がもう届いている。加尾さんが買い足した客用の布団は、この家の居間に敷いたまま置いていくことになる。
玄関には、榎島さんが引っ越しの日から持っていた茶色の手提げが置かれていた。その隣へ加尾さんが自分の鞄を置いた。私は2人の了承を得て、2つの荷物を撮った。灰色の鞄の口は開いたままで、洗面所から持ってきた歯ブラシを包んだタオルが、服の上に載っていた。

航平さんが来ると、榎島さんは玄関から、2つとも運んでほしいと声を掛けた。加尾さんは、まだ部屋に残っていた自分の電話の充電器を思い出し、航平さんに少し待っていてほしいと頼んだ。榎島さんも一緒に食卓まで戻った。
加尾さんが充電器を左手で鞄へ入れると、航平さんが2つの荷物を車へ運んだ。加尾さんは玄関脇の皿から鍵を取った。2人で外へ出た後、榎島さんは戸のそばに寄ったまま待っていた。加尾さんが左手で、自分の家の鍵を掛けた。


