南條市の集合住宅の補助錠に関する奇妙な記録

霧島秀一撮影。集合住宅の玄関扉を室内側から見た写真。閉じた灰色の扉にドアチェーンが掛かり、その下に内側のつまみとレバーハンドルがある。

集合住宅の管理会社には、住人からの苦情と、それをどう片づけたかを書き留めた記録が残っている。新しく部屋を借りる人が、その記録を目にすることはまずない。

2024年2月18日、日曜日の午後、北都県南條市の集合住宅の1階で一人暮らしをしている竹垣佳苗さん(仮名、34歳)は、買い物から戻り、自分の鍵で玄関を開けた。窓も閉まっていた。ところが居間の絨毯の上で、靴を履いていない男性が横になっていた。佳苗さんが声を掛けると、男性は目を開け、「ここはどこですか」と聞いたという。佳苗さんは部屋の外へ出て、110番へ電話した。

男性は、真上の住戸に住む保津和昭さん(仮名、68歳)だった。和昭さんは来た警察官に自分の名前と部屋を伝え、妻の保津知恵子さん(仮名、66歳)を呼んでもらった。知恵子さんは、夫は自宅の寝室で昼寝をしているはずだと答えた。確かめに行くと、布団には誰もいなかったという。

和昭さんは、階段を下りた覚えも、佳苗さんの部屋へ入った覚えもないと話した。その日の経過は、佳苗さんと夫妻から別々に聞いた。私は警察の記録を見ておらず、和昭さんがどう入ったかを示す映像もない。

佳苗さんがこのサイトへ連絡してきたのは、和昭さんの説明を信じてよいか分からなかったためだった。顔は知っていたが、部屋へ招いたことはない。覚えていないと言われても、また入ってくるかもしれない。佳苗さんは管理会社にも事情を伝え、鍵を取り替えられるか相談していた。

「誰かが鍵を持っているなら、替えないといけませんから」

管理会社の担当者、三ヶ尻隆之さん(仮名、51歳)の答えは、佳苗さんが入居した2022年4月に錠ごと交換している、というものだった。鍵は3本で、3本とも佳苗さんの手元にある。合鍵を作った記録もない。

夫妻にも取材を申し込むと、和昭さんは話して構わないと答えた。18日は自宅の布団で横になり、次に目を開けたときには、佳苗さんが立っていたという。知恵子さんも、夫が玄関を出ていくところは見ていない。夫のサンダルは、いつもの場所に残っていた。知恵子さんは、もう一つ付け加えた。

「玄関の上の鍵も、掛かったままでした」

この言葉の意味を、私はこのとき聞き返さなかった。

2月25日、日曜日の午後、私は佳苗さんを訪ねた。佳苗さんは玄関を少し開け、名乗る私の顔を確かめてからドアチェーンを外した。私が入ると扉を閉じ、鍵とチェーンを掛け直した。18日から、家にいる間も両方を使っているという。

居間には小さな座卓と絨毯があり、奥に台所が続いていた。佳苗さんは座卓の横を指した。18日に和昭さんが寝ていたのは、家具のないその場所だった。玄関からは短い廊下を通らなければ見えない。窓の鍵も一つずつ見せてもらった。どれも内側から掛ける物で、外から開けた跡はなかった。

座卓へ戻り、和昭さんを起こしたときの話を聞いていると、佳苗さんが途中で口を閉じ、私の後ろを見た。振り返ると、天井から灰色の布が下がっていた。

布は、人の背中の形をしていた。その隣に後頭部が現れ、紺色のズボンの尻と、左右のかかとも出てきた。天井に仰向けの人が半分埋まっているように見えた。身体に沿って天井が割れたり、板が持ち上がったりする様子はなかった。

佳苗さんは立ち上がり、「保津さん」と呼んだ。返事はなかった。身体は横たわった姿勢のまま下がり続けた。肩も腹も天井を抜け、最後に顔と足先が白い面から離れた。天井には穴が残らなかった。

佳苗さんが119番へ電話した。私は座卓を脇へ押し、そばにあった座布団を身体の下へ並べた。和昭さんの顔は天井を向き、両手は腹の上に重なっていた。胸が上下し、小さな寝息が聞こえた。

身体は急には落ちず、ゆっくり下りてきた。私は膝をつき、後頭部と肩の下へ手を入れた。身体が下がるにつれて、手に重さが掛かった。住所を伝え終えた佳苗さんも、電話をスピーカーにして床へ置き、腰を支えた。2人で身体を受け、座布団の上へ横たえた。

私は肩に触れて名前を呼んだ。和昭さんは目を開け、私の顔を見てから天井を見上げた。

「また、下にいるんですか」

私が知恵子さんへ電話をすると、夫は少し前まで寝室にいたと答えた。寝室を確かめに行き、戻ってきて、布団が空になっていると言った。間もなく知恵子さんと救急隊員が来た。私は見たことを説明し、和昭さんが天井を通り抜けた位置と、その後に身体を受けた位置を分けて伝えた。和昭さんに大きなけがはなく、救急隊は確認を終えて帰った。

和昭さんが座卓のそばへ移った後、私は佳苗さんに断り、天井とその下の絨毯を撮った。白い天井には、頭や手足の通った跡が見つからなかった。床にある座布団は、私が身体を受ける前に並べた物だった。

霧島秀一撮影。白い天井と淡い壁のある居間。絨毯の上に座布団が並び、低い木の座卓は脇へ寄せられている。天井には穴や垂れ下がった板が見えない。
霧島秀一撮影。2024年2月25日、佳苗さん宅の居間。和昭さんが座卓のそばへ移った後の天井と絨毯。座布団は身体を受ける前に私が並べた物。

私は、和昭さんの「また」について尋ねた。知恵子さんはしばらく黙ってから、2019年のことを話した。

2019年11月と2020年1月、和昭さんは昼寝の後、この1階の部屋で見つかっている。当時住んでいた女性が見つけ、管理会社に苦情を伝えた。夫妻は、寝ぼけて部屋を出て、鍵の掛かっていない玄関から入ったのだと考えた。そこで知恵子さんは、自宅の玄関扉のいちばん上、夫が寝ぼけたままでは手の届きにくい高さに、補助錠を付けた。夫が横になるときは必ずそれを掛け、外すのは自分だけにした。それから4年あまり、何も起きなかった。

18日も、補助錠は掛かったままだった。知恵子さんが「上の鍵」と言ったのは、これのことだった。和昭さんは自宅の玄関から出ていない。佳苗さんの玄関にも鍵が掛かっていた。

佳苗さんの希望で、私は三ヶ尻さんにもう一度会った。三ヶ尻さんは、2019年からの対応記録を見せてくれた。2件の苦情の後に、「上階住人、就寝中に移動。家族が補助錠を設置。対応済み」とある。前の入居者は2022年2月に退去し、その2か月後に佳苗さんが入った。

「対応済みの件でしたので、新しい方にはお伝えしていません」

三ヶ尻さんの説明に、うそはないのだろう。補助錠を付けてからは、苦情は一度も来ていない。ただ、記録の「対応済み」は、和昭さんが玄関から出られなくなったことを確かめただけだった。佳苗さんが鍵の交換を相談したとき、三ヶ尻さんの手元には、玄関の鍵とは関係なく和昭さんが下へ来たことのある記録があった。佳苗さんは、その記録を知らないまま、合鍵を持つ誰かを疑っていた。

和昭さんは佳苗さんへ、18日のことも含めて謝った。

「入ったつもりはなかったんです。でも、ここにいたのは私ですから」

佳苗さんは、今日見たことは管理会社にも自分から話すと答えた。和昭さんに、どうすれば起きないのかとは尋ねなかった。和昭さん自身も、目を覚ますまでのことは分からないと話していた。

帰る支度を始めると、和昭さんは自分の裸足を見た。知恵子さんは、自宅の玄関にある夫のサンダルを取ってくると言った。佳苗さんが先に廊下へ出て、玄関を開けて知恵子さんを送り出し、扉を閉じた。

和昭さんは座卓の横で待っていた。佳苗さんは来客用のスリッパを持ってきて、その足元へ置いた。

「玄関まで、これを履いてください」

和昭さんは礼を言い、片足ずつ入れた。佳苗さんが先に歩き、和昭さんは絨毯を離れて廊下へ出た。私はその後ろについていった。

知恵子さんが呼び鈴を鳴らした。佳苗さんが扉を開けると、知恵子さんは持ってきたサンダルを玄関のたたきへそろえた。和昭さんはスリッパを脱いで上がり口に残し、サンダルを履いた。

和昭さんが外へ出る間、佳苗さんは扉を押さえていた。夫妻が階段へ向かうと、佳苗さんは床に残されたスリッパへ手を伸ばした。片方ずつ拾い、つま先を居間の方へ向けて置き直した。

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