手作業で仕上げる紙箱の工場では、箱に付いた飾り紐の結び目を見れば、誰が仕上げたのかが分かることがある。
北都県柳瀬市にある紙箱の工場では、贈答用の箱に茶色い飾り紐を付けている。紐を同じ長さに切りそろえ、板に立てた2本の木の棒へ渡して輪の大きさをそろえてから、手で結ぶ。機械では結べないので、注文が重なる3月には、仕上げの係が総出で紐を結ぶ。結び方は決まっていても、締める強さや端の残し方には、人ごとの癖が出るという。
2024年3月26日の火曜日、私はその工場の作業台の前にいた。台には肘から先だけの右腕が横たわり、指が飾り紐を結んでいた。腕の持ち主の笹浦和秋さん(65歳)が、この日、腕を引き取りに来ていた。笹浦さんが左手を差し入れて持ち上げても、右の指は紐を離さなかった。
笹浦さんは今年2月末に定年で退職した。近所の川へ釣りに通いたくて、勤めていた間はしまっていた竿を出したという。退職後も工場に腕を預けていたのは、3月の忙しい時期までと決めていたからで、この日で終わりにするつもりだった。腕を持ち帰るので一緒に見てほしい、と私に連絡をくれたのも笹浦さんである。工場で仕上げを担当する榎浜信吾さん(52歳)にも了承を得て、午前に訪ねた。
右腕を外せることには、小学生の頃に気づいたと笹浦さんは話す。右の前腕を左手で持って引くと、肘の所で外れる。痛みや出血はなく、戻せば物を持ち、指先で触れた物も分かるという。子どもの頃に両親と病院へ行ったが、外れる理由は説明されなかった。私は当時の診察記録を見ていない。
この日、笹浦さんの右の袖は肘より上へまくってあった。右の上腕は肘の所で終わり、その先は丸く、皮膚で覆われていた。台の上の腕も、肘に当たる側は肌で閉じている。肌に血や傷口は見えなかった。私は2人に断り、台の上の腕と、その周りの紐を撮った。
笹浦さんは左手で腕を支え、上腕と外した腕の端を合わせた。間にあった線が消え、右肘から指先まで続いた腕になった。左手を離しても右腕は落ちず、笹浦さんは肘を曲げて紐を顔の近くへ持ってきた。
「帰りに釣具屋へ寄るつもりです。糸を替えないと」
私にそう話す間も、右手の親指と人差し指は動いていた。小指で押さえた輪へ紐の端を通し、引き締める。笹浦さんは結び目ができてから左手で紐を受け取り、台へ置いた。
腕を外しても働くことは、昨年の秋に分かったという。昼休みに肘を休めようと、笹浦さんは右腕を台へ置いていった。食事を終えて戻ると、用意してあった紐が輪になって並んでいた。
私は初め、榎浜さんかほかの係が結んだ輪が混ざったのではないかと考えた。榎浜さんによると、その昼に台の上にあった紐は12本で、輪は12個できていた。昼休みの間、その台へ近づいた人はいない。榎浜さん自身は向かいの台で弁当を食べながら、誰も触れていない指が紐を棒に掛けるところを見ていた。
「最初は、笹浦さんが手品でもしているのかと思いました。でも本人は食堂にいるんです」
それからは忙しい日に腕を残し、笹浦さんだけが先に帰ることがあった。退職が決まったときには、3月の納品が済むまで預かれないかと頼まれた。笹浦さんは引き受け、必要な日は夕方に取りに来ていた。
「飯を食うのも着替えも、左で間に合わせていました。釣りは両方あった方がいいので」
腕が工場で何をしているかは、離れている笹浦さんには分からなかった。戻しても、その間に誰が来たか、何個仕上げたかを思い出すことはない。いつも榎浜さんに聞いていたという。
榎浜さんは、腕が結んだ輪の数を、ほかの係の分とは別に小さな手帳へ付けていた。表紙の裏に「笹浦さん預かり」とあり、左に日付、右に数が並ぶ。3月は4日から25日まで、日曜を除いてほぼ毎日書き込みがあった。1日の数は80個前後で、笹浦さんが勤めていた頃に1日で仕上げていた数とあまり変わらない。3月11日の欄には、数の横に小さく「新」と書き添えてあった。
作業台には、同じ長さに切った茶色い紐が置かれていた。榎浜さんが紐を並べ、腕が結び、できた輪を榎浜さんが外して集めていた。
笹浦さんは、先ほど右手から受け取った輪を持ち上げた。結び目を裏返し、紐の端を引いたが、すぐにはほどけなかった。
「前は、こんな結び方じゃなかったでしょう」
榎浜さんは、3月に入ってから別の形へ変えたと答えた。手帳に「新」と書いた日からである。箱の注文に合わせたもので、笹浦さんが退職する前には作っていない。初めは榎浜さんが、預かっていた右手の指を自分の手で動かし、紐を通す順を何度か教えた。その後は腕だけで続けるようになったという。
笹浦さんは右手に短い紐を持たせ、左手の指を右の指に添えた。右の人差し指が輪を作り、親指が紐の端を押し込むと、笹浦さんは左手を離した。
「そこを通すんですね」
榎浜さんがうなずいた。笹浦さんは、締まりかけた結び目を左手で広げて見ていた。右の指は、広がった輪の端をもう一度引いた。
私は2人に断り、笹浦さんの左右の手と、その間の紐を撮った。右腕は体へ戻ったままで、袖口から右肘が出ていた。

榎浜さんは、残った紐は自分たちで仕上げると言った。笹浦さんは右手を台から離し、上着を着た。鞄の持ち手を右手でつかみ、持ち上げることもできた。紐を持っていない間まで、指が結ぶ動きを続けているわけではなかった。
4日後の30日、私は笹浦さんと市内の川へ行った。腕を持ち帰った後も、釣り糸を結ぼうとすると工場の結び方になる、と電話で聞いたためだ。笹浦さんは、以前よく座っていた岸の平らな場所へ折り畳み椅子を置いた。
竿はまだ伸ばさず、横の草へ寝かせてあった。笹浦さんは道具箱から、小さな金具と糸を出した。金具は、竿からの糸と針の付いた糸をつなぐ物で、両端に小さな輪がある。釣り糸は、金具の穴に通してから折り返し、元の糸へ何度か巻き付け、端を差し込んで締める。飾り紐のような輪は作らない。
笹浦さんが左手で金具をつまむと、右手は穴を通した糸を折り返した。その先を長い方の糸へ巻こうとして、指が止まった。右の小指が糸を引き寄せ、丸い輪を作り始めた。工場で見た、新しい形の飾り紐と同じ始め方だった。
「その輪は要らないんです」
笹浦さんは左手の金具を道具箱のふたへ置いた。左手で右の親指を押し開き、糸を引いた。右手を金具へ戻そうとしたが、指は先に糸の端をつまんだ。
笹浦さんは両袖をまくり、右の前腕へ左手を掛けた。腕を引くと、肘の所で皮膚に覆われた端が離れた。外した右腕を、ふたを閉めた道具箱の上へ置く。指は持っていた糸を結び終え、動かなくなった。
「離した方が、こっちから指を直せます」
3月に榎浜さんが、預かった指を動かして紐の通し方を教えたのと同じやり方だった。
笹浦さんは左手で結び目をほどいた。もう一度金具の穴へ糸を通し、金具を右の親指と人差し指の間へ入れた。金具を右手に持たせ、左手で糸を巻いた。右の指が糸を引くと、左手を止め、金具をつまむ位置へその指を戻した。
「ここは押さえていて。先を、こっちへ通すから」
糸を巻き終え、笹浦さんは左手を離した。右の指は糸をたぐり、先ほどと同じ大きな輪を作りかけた。笹浦さんは口を開きかけ、言わずに閉じた。
右手が結び目を締めるまで、笹浦さんは左手を道具箱の脇へ置いていた。結び終わった指が開くと、左の親指と人差し指をその間へ入れ、糸の端を受け取った。竿はまだ、椅子の横に寝かせてあった。



