南條市の公園のペタンクの巻尺に関する奇妙な記録

霧島秀一撮影。土の広場に置かれた小さな赤い木球と、左右にある銀色の鉄球。右側の1本溝の球は、左側の2本溝の球より木球から遠くにある。

公園でペタンクを楽しむ人たちの間には、球の近さを測らずに、目で見て決める習慣が残っていることがある。

ペタンクは、小さな目標球へ金属の球を投げ寄せる競技である。双方が持ち球を投げ終えると、目標球に近い方が得点する。目で見てどちらが近いか決めにくければ、巻尺などで距離を測る。大会なら審判が測るが、近所の練習では、たいてい投げた本人たちがしゃがんで見比べる。巻尺を出すのは、どちらの目も信用しないという合図であり、言い合いを長引かせないための手順でもある。

北都県南條市の公園の一角に、休日に近所の人が集まる土の広場がある。私を練習へ誘ったのは、以前に地域の催しについて話を聞いた榎園祐二さん(71歳)だった。いつも対戦する小野瀬政夫さん(74歳)も来るので、遊び方を見ていかないかと声を掛けてくれた。2024年4月13日の土曜日、私はその広場で、ある鉄球の距離を2度測ろうとした。

2人は勤めを辞めてから10年近く、ほぼ毎週土曜にここで対戦している。負けた方が、帰りに広場の脇の自販機で相手に缶コーヒーを買う決まりだという。

この日は1人3球ずつ使っていた。小野瀬さんの球には細い溝が1本、榎園さんの球には並んだ2本の溝がある。私は広場の端から、2人が投げるところを見ていた。球は土へ落ちると少し跳ね、転がって止まった。

全て投げ終えたとき、赤い木球の左右に、1本溝と2本溝の球が1つずつ残っていた。どちらも木球から20センチほど離れ、残りの4球は、その2つより明らかに遠かった。2人は木球の反対側へ回り、しゃがんで見比べた。

「自分のが近く見えるんですよね。霧島さん、測ってくれませんか」

小野瀬さんが小さな巻尺を差し出した。私は測り方を知らなかったので、2人に教えてもらいながらなら、と答えた。榎園さんは少し間を置いてから、その方がよいと言った。

小野瀬さんは小枝を拾い、木球と近くの鉄球の脇に短い線を引いた。うっかり動かしても、元の位置が分かるようにするためだという。球に巻尺を触れさせないよう、先端を脇へ合わせ、木球との隙間を読むよう教わった。

まず、小野瀬さんの1本溝の球を測ることになった。私は球の横へしゃがみ、巻尺を引き出した。球の縁へ先端を合わせようと手を下げたとき、その球が奥へ動いた。私は手を止めた。

「今、押しましたか」

榎園さんに聞かれたが、押した感触はなかった。球は木球から離れ、榎園さんの球より遠くにあった。最初の場所から球1個分ほど動いたように見えた。小野瀬さんは自分で引いた線を指し、線も球と一緒に動いたと言った。

私は巻尺を上げ、土を見た。球が転がったような筋はなかった。球の手前に残る靴底の跡が、前後に長くなっていた。ただ、巻尺の先端を見ていたため、その変化が起きるところは見ていない。

私は普通の理由をいくつか考えた。まず地面の傾きである。持っていた水のペットボトルを横にして球の脇へ置いたが、転がらなかった。次に巻尺の先端である。磁石付きの巻尺なら鉄球を引き寄せるかもしれないが、それなら球は近づくはずで、離れはしない。念のため先端を自分の家の鍵に近づけたが、くっつかなかった。土が緩んでいた様子もなく、靴で踏むと固かった。

小野瀬さんは、触って動かしたのでなければ今の場所から測ってほしい、と言った。榎園さんも、今度は横から先端を見ると申し出た。球は元へ戻さず、そのままにした。

私は巻尺を長めに引き出し、先端とケースを両手で持った。木球にも測る鉄球にも触れないよう、まず地面から指2本ほど上に浮かせて伸ばした。榎園さんは私の右側、小野瀬さんは木球の向こうにしゃがんだ。

目盛りの端を球の縁へ合わせるため、巻尺を少し下げた。その途中で、1本溝の球が再び木球から離れ始めた。球の上に見えていた溝は、上を向いたままだった。

球の下の土が動いていた。球の手前にある靴跡の横溝が、1本ずつ間を広げた。球の脇の小石と小枝で引いた線も、一緒に奥へ移った。土が掘り返されたり、板のように浮いたりはせず、手のひらほどの幅にある地面だけが、木球と鉄球の間で引き伸ばされていた。

私は巻尺を上へ引いた。球と土は止まった。巻尺の先端は球へ届いておらず、地面にも付けていなかった。赤い木球と榎園さんの2本溝の球は、その脇の線から動いていない。小野瀬さんの球だけが、さっきよりさらに指2本分ほど遠くなっていた。

榎園さんは、巻尺が触れていなかったと言った。小野瀬さんは球の脇にしゃがみ直し、自分で引いた線を見た。最初は線と木球の間にあった靴跡が、細長く伸びていた。

広場の反対側では別の組が試合を続けていて、こちらに気づいた人はいなかった。私はこれ以上測らず、巻尺を巻き取った。球はその場所に残った。巻尺をしまっても、細長くなった靴跡や小枝の線は元に戻らなかった。

2人に断り、私は木球と近くの2球を撮った。続いて、1本溝の球と、その手前の靴跡へ近づいて撮影した。写真を撮っている間に、球が動くことはなかった。

霧島秀一撮影。土の上にある1本溝の銀色の鉄球と、その手前の細長い靴底の跡。靴跡の横溝の間隔が広い。
霧島秀一撮影。2024年4月13日、同じ広場。1本溝の球の手前に残った、前後に長い靴底の跡。

巻尺を下ろす動きと土の伸びが重なったのは2回だった。何が土を動かしたのか、別の器具でも起きるのかは分からない。私は距離を1度も読み取れておらず、投げ終えたときにどちらが近かったかも決められなかった。

休憩のとき、榎園さんが鞄から小さな帳面を出した。2人の対戦の勝ち負けを、榎園さんが日付ごとに付けているものだ。昨年10月のある日の欄に、鉛筆で「小野瀬さんの球を測る。測るたびに遠くなる。以後、測らない」と書いてあった。そのときは榎園さんが巻尺を持っていたという。

「前は、際どいときに巻尺を出すのが一番の楽しみでした。2人で頭を寄せて、目盛りを読むんです。それからは、2人とも目で見て決めてきました。際どいときは、たいてい私の方が近いということになっていました」

小野瀬さんは、その帳面を見ずに、木球の方を向いていた。今日、巻尺を持ってきたのは小野瀬さんで、それを私に渡したのも小野瀬さんだった。私が尋ねると、小野瀬さんは木球から目を離さずに答えた。

「巻尺がいけないのかと思って、年明けに一度、昔のやり方で測ったんです。若い頃は、細い紐を張って長さを比べた。榎園さんが帰った後、自分の球と木球の間に紐を張ったら、張ったそばから土が伸びました。だから、測る人を替えてみたかった。私でも榎園さんでもない人なら、どうなるかと」

紐で測った日は、帳面に書かれていない。榎園さんは、その話を今日初めて聞いたと言った。半年の間、目で決めた勝ち負けを、小野瀬さんがどう受け止めていたのかまでは聞けなかった。

榎園さんは、今の配置で自分の得点にはせず、この投球はなしにしようと言った。少し離れた場所から、もう一度投げればよい。小野瀬さんは返事をせず、自分の球と、まだ測っていない榎園さんの球を見ていた。

小野瀬さんは自分の球を指し、私にもう一方も測ってほしいと言った。私は、同じことが起きれば榎園さんの球も遠くなるかもしれない、と答えた。

「私のだけ2回ですから。そちらも2回、お願いします」

榎園さんは自分の球を拾おうとした。小野瀬さんが、まだ触らないでほしいと言ったので、榎園さんは手を止めた。

私は巻尺を小野瀬さんへ返そうとした。小野瀬さんは受け取らず、榎園さんの球の横から少しずれた。私がしゃがめる場所を空け、手のひらで示した。

私は巻尺を持ったまま立っていた。榎園さんは伸ばしかけた手を膝へ戻した。鞄の口から帳面がのぞいたまま、榎園さんは鞄を閉じなかった。

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