地域の集会所の清掃当番には、代々書き継がれてきた引き継ぎ帳があり、ごみの出し方の横に、理由の分からない決まりが一つだけ残っていることがある。
北都県南條市のある集会所では、近所の住民が2人ずつ組になり、月に一度、日曜の朝に玄関前と建物脇の庭を掃除する。庭にはクスノキがあり、春に古い葉が落ちる。集めた葉は庭の奥に設けた木枠の内側へため、腐って土になるのを待つ。紙や空き容器は当番が持ち帰る。道具は玄関脇の物置にあり、竹箒が2本と、青いちり取りが1つ、灰色のちり取りが1つ入っている。掃除が終わると、当番は引き継ぎ帳に日付と名前を書いて、道具と一緒に物置へ戻す。
集会所の玄関を掃いた楡井敏江さん(63歳)は、ちり取りを裏返しても落ち葉を捨てられなかった。青い受け皿の内側で、葉が輪になって回っている。受け皿を傾けると輪も傾き、下へ向けても散らばらなかった。
2024年4月21日の日曜日の朝、私は楡井さんから連絡を受け、その集会所へ行った。楡井さんは今月から清掃当番に加わった人で、以前、私の記事について問い合わせをくれたことがある。その日は、当番を15年続けている近所の滝藤和成さん(70歳)と組んでいた。楡井さんは当番の説明で葉と紙の分け方を聞き、木枠へ運ぶ葉のための紙袋とは別に、小さなごみ袋を上着のポケットに入れてきていた。
私が着いたとき、2人は玄関のひさしの下にいた。滝藤さんが青いちり取りを地面へ置いた。竹箒は壁へ立て掛けてあり、誰も葉に触っていなかった。赤茶色の葉が受け皿の底から少し浮き、縁に沿って回っていた。葉同士がぶつかる乾いた音が続いていた。
楡井さんの話では、玄関前へ吹き込んだ葉を、普段どおり竹箒で集めただけだった。最後の一掃きを入れて箒を離すと、葉がちり取りの中を回り始めた。滝藤さんが受け皿を傾けて木枠へ出そうとしたが、葉が出なかったため、玄関まで戻ってきたという。
受け皿の横には、集め損ねた葉が数枚落ちていた。そちらは動いていない。私はしゃがみ、手の甲をちり取りの縁へ寄せた。冷たい空気が小指の方から親指の方へ続けて当たった。底に向けて手を近づけると、風に押された葉が指へぶつかり、指をよけて輪へ戻った。
「中で風が回っているんです」
楡井さんはそう言って、自分の袖口を受け皿へ近づけた。袖の余った布が縁の内側へ引かれた。腕を戻すと布は垂れ、葉は同じ場所を回り続けた。
私はまず、玄関の周りの風を疑った。ひさしの下は建物の角に近く、吹き込んだ風が渦を巻くことはある。しかし、その朝の玄関前では、受け皿の外に落ちた葉も、壁際の砂ぼこりも動いていなかった。プラスチックの受け皿が静電気で葉を浮かせている可能性も考え、物置の灰色のちり取りに、落ちていた葉を数枚拾って入れてみた。葉は底に寝たまま動かなかった。
滝藤さんは、青いちり取りの柄を持ち上げた。受け皿を横向きにし、それから底が上になるように伏せた。輪になった葉も受け皿と一緒に起き上がり、縦に回ってから、裏返った底の下で回り続けた。落ちた葉はなかった。私は滝藤さんの脇へ回り、受け皿の外側を見た。底には土のこすれた跡があるだけで、機械や管は付いていなかった。
滝藤さんがちり取りを元の向きへ戻すと、葉も水平な輪へ戻った。そのまま地面に置いても回り続けた。風が吹き込んだ一瞬に葉が舞ったのではない。私が着いてから、2人の話を聞き終えるまで、その輪は崩れなかった。
私は2人に断り、ちり取りと竹箒、玄関前を撮った。葉の動きを撮るため、続いて受け皿へ近づいた。写真には底から浮いた葉が写った。

滝藤さんは、葉を取り出せば風もなくなるのではないかと言った。楡井さんが軍手を着けた手で、輪の端に来た葉をつまんだ。葉は抵抗なく取れた。取り出した葉は、滝藤さんが開いた紙袋へ入れた。続けて数枚拾うと、輪がまばらになり、その間を銀色の小さな包み紙が回っているのが見えた。
楡井さんは包み紙へ手を伸ばしたが、指の前を通り過ぎた。もう一度待ち、端をつかんで取り出した。つまんだ手をちり取りから離すと、包み紙は音を立てなくなった。楡井さんはそれをポケットのごみ袋へ入れ、残った葉も1枚ずつ拾った。滝藤さんが葉の入った紙袋を地面へ置いた。中の葉は動いていなかった。
ちり取りの底には、砂が少し残った。楡井さんがひっくり返すと、砂は敷石へ落ちた。今度は青い底が全部見えた。
滝藤さんは、ちり取りを壁の釘へ掛けようとした。楡井さんが、待ってください、と呼び止めた。受け皿へ袖口を寄せると、さっきと同じように布が内側へ引かれた。私も手を近づけた。指の間を空気が通り続けていた。
楡井さんはごみ袋をポケットへ戻した。滝藤さんからちり取りを受け取り、内側に手をかざしたまま言った。
「葉は出せましたけど、こちらはどうしましょう」
滝藤さんは答える前に物置を開け、棚から綴じ紐の付いたノートを出した。当番の引き継ぎ帳で、表紙には平成20年からの年が並んでいる。滝藤さんがめくった2019年11月の欄には、当時の当番だった長沼さんの字で、こう書いてあった。
「玄関の青いちり取り、中で風。葉を出し、ちり取りは庭の枠の外の土に置く。枠の中には置かない。翌朝止む」
滝藤さんは、そのときも長沼さんと組んでいたという。
「あのときも、葉だけは素直に出たんです。長沼さんは、葉が風を連れてきたんじゃない、風が葉を集めたんだと言っていました。枠の中に置くなというのも長沼さんです。理由は聞いても言わなかった。もう引っ越して、連絡先も分かりません」
帳面のほかの欄は、ごみの日の変更や、箒を買い替えた日ばかりだった。風について書かれているのは、その1か所だけだった。
滝藤さんは帳面を物置へ戻し、庭へ持っていこう、と言った。葉の紙袋を持ち上げ、先に歩いた。楡井さんは何も載っていないちり取りを持って、その後を追った。葉は滝藤さんの紙袋にあり、楡井さんは空の受け皿へときどき目を落としていた。建物の角を曲がった所で立ち止まると、楡井さんは手を受け皿へ近づけ、まだ風が当たると言った。
木枠の前で、滝藤さんが紙袋を逆さにした。葉は枠の内側へ落ちた。楡井さんもちり取りを傾けたが、出てきた物はなかった。受け皿を戻して手を寄せると、袖口が引かれた。
滝藤さんは紙袋を畳み、楡井さんからちり取りを受け取ろうとした。楡井さんは柄を差し出す前に、もう一度、受け皿へ手をかざした。
「まだ入っています」
滝藤さんはうなずいて柄を受け取り、下にも手を添えた。楡井さんは銀色の包み紙の入ったごみ袋を結んだ。滝藤さんは、葉を出した木枠の内側へちり取りを置こうとして、手を止めた。隣の、葉のない土へ置いた。青い受け皿には、葉も砂も載っていなかった。
翌22日の朝、私はもう一度集会所へ寄った。滝藤さんも来ていた。青いちり取りは、前の日と同じ土の上に伏せずに置かれていた。滝藤さんが受け皿の中へ手を入れ、しばらくそのままにしてから引き抜いた。袖口は動かなかった。私も手をかざしたが、空気は当たらなかった。木枠の中の葉は、前の日に落とした形のまま重なっていた。
滝藤さんはちり取りを物置へ戻し、引き継ぎ帳を出した。長沼さんの字の下に、ボールペンで「2024年4月21日、同じ。枠の外に置く。22日朝、止む。楡井、滝藤」と書いた。それから楡井さんの名前の横を指でたたき、次の当番の日に読んでもらうと言って、帳面を棚の手前に置いた。



