家庭の鉢植えには、苗を買ったときとは違う色の花が、ある朝ふいに咲くことがある。ただ、その色がどこから来たのかを、そばにある道具から言い当てられる例はほとんどない。
北都県南條市の杵渕佐和子さん(72歳)は、自宅の玄関脇で白いペチュニアを育てている。4月に白花の苗を買い、丸い灰色の鉢へ植えた。買ったときの品種名は覚えていない。鉢を置く台の脇には小さな椅子があり、杵渕さんは普段そこへ座って、咲き終わった花を摘む。土の表面が乾いたら水をやり、しぼんだ花は早めに取り除く。摘んだ花を入れる小さなごみ袋は、椅子の下に置いてある。
2024年6月18日の朝も、その手入れの途中だった。3年ほど使っている赤いプラスチックのじょうろを傾けると、注ぎ口の赤が薄くなった。水を注いだ鉢では、白い花に赤い点が現れ、花びらの縁へ広がっていったという。塗料が水に混じったのかと思い、杵渕さんはじょうろを立てた。
水を止めてからも、持ち手の付け根に残っていた赤い所は狭くなっていった。気づいたときには、じょうろは底まで白くなり、鉢の手前で2輪の赤い花が開いていた。
「花はきれいなんです。でも、同じ赤なのが気になって」
翌日、杵渕さんから連絡をもらった。送られてきた写真は18日の7時40分ごろに撮ったもので、白いじょうろと赤い花が写っていたが、色が変わる途中の写真はなかった。椅子の背には何も掛かっておらず、エプロンはこのとき家の中にあったという。私は20日の午前に家を訪ねた。
まず、じょうろの色が水に溶けた可能性を考えた。借りて見ると、底の擦り傷や持ち手の汚れは元のまま残っていた。白い表面には、塗装がはがれたような段差がない。こうしたプラスチックの道具は、色を表に塗るのではなく、材料に練り込んで作るものが多い。杵渕さんは中の水を流しで捨て、外側も洗ったが、赤いかけらは見つからなかったという。
日に焼けて色が抜けたのなら、日の当たる側から何年もかけて薄くなるはずだ。このじょうろは、普段は日の差さない物置の陰に置かれていた。底の裏や持ち手の内側まで、一様に白くなっている。
花の側も確かめたかった。私は杵渕さんが苗を買った市内の園芸店を訪ね、店主の蓮見修造さん(66歳)に写真を見てもらった。
「白い苗が育つうちに赤くなる、ということはまずありません。気温で色の濃さが変わる品種はありますが、何日もかけて少しずつです。水をやっている間に変わるというのは、聞いたことがない」
花びらの色は、株が自分の中で作る色素による。白い花を外から染めるには、切った花を色水に挿して何時間も吸わせるのが普通のやり方で、鉢植えの土に色の付いた水をまいても、すぐに花びらまでは届かない。蓮見さんは、店で同じことを試した客の話を何度か聞いたが、うまくいったという話はなかったと言った。
蓮見さんによると、その棚の苗は同じ生産者から入った白花だけで、ほかの色が混じる余地はなかったという。
帰りがけ、私は店の棚で、杵渕さんのじょうろと同じ形の赤いじょうろを見つけた。札の表示には、色を練り込んだプラスチック製とある。蓮見さんに断って、注ぎ口を濡らした指で強くこすったが、指には何も付かなかった。3年使ったところで、色が水に溶け出すような作りではない。
20日、鉢の土は表面が乾いていた。椅子の背には、草取りを終えて外した青い作業用エプロンが掛けてあった。杵渕さんは白くなったじょうろを持って水道へ行き、水を入れて戻ってきた。私は花のそばにしゃがんでいた。
杵渕さんが土へ水を注いだところで、椅子に掛けたエプロンの裾に白い斑点が現れた。その縁が縫い目を越えて上へ広がっていく。
「エプロンも変わっています」
私が言うと、杵渕さんはじょうろを立てた。その間に、鉢の椅子寄りにあった白い花が1輪、中心から青くなり、開いた花びらを縁の方まで染めていった。エプロンの青は、裾からポケットの下まで白く変わっていた。
エプロンと花の間は、手のひらを広げたほど空いていた。水は土へ注がれており、布にも花にも掛かっていない。杵渕さんがエプロンを両手で広げると、裾は裏まで白く、ポケットや肩ひもの辺りには青が残っていた。5年ほど前に作業用品の店で買った綿の物で、洗うたびに少しずつ色は落ちていたが、こんなふうに一部だけ白くなったことはないという。布に穴はなく、縫い目もつながっている。白い部分に触らせてもらったが、乾いていた。漂白剤のにおいもしない。杵渕さんは、漂白剤は家に置いていないと話した。
私はじょうろに残っていた水をコップへ移してもらった。水には色も濁りもなかった。鉢の土を指で少し掘ったが、赤や青のしみはなく、湿った黒い土が出てくるだけだった。
私はエプロンの白い部分を撮らせてもらった。杵渕さんが玄関の床へ広げ、前のポケットと、裾まで続く縫い目が見えるようにした。青と白の境は、縫い目には沿っていなかった。

この日まで、私は18日の出来事を、じょうろの赤が水に溶けて花へ運ばれたものとして考えていた。だが、エプロンには水が一滴も掛かっていない。
私は鉢の周りの位置を測った。18日に赤くなった2輪は、鉢の手前、じょうろの注ぎ口が来る側にあった。20日に青くなった1輪は、椅子に掛けたエプロンに最も近い所にあった。20日のじょうろは、もう白かった。水をやっている間、花のそばにあった色の付いた物から、色が抜けたことになる。
この見方を伝えると、杵渕さんは少し考えてから、じょうろの置き場所の話をした。水をやり終えると、いつも鉢の手前の台へじょうろを置き、しばらくそのままにしておく。くみ置いた水の方が花によいと、母親から教わったのだという。18日も、水を注ぎ始める前に、一度そこへ置いていた。赤くなった2輪は、そのじょうろの胴に、葉の先が触れそうな所で咲いていた。
私の紺色のズボンは、鉢から腕1本ほど離れていた。帰ってから見直したが、色は変わっていなかった。
24日、花のその後を尋ねるために、もう一度訪ねた。杵渕さんは同じエプロンを着けていた。洗濯をしても裾の色は戻らなかったという。土の汚れは落ち、白い所と青い所が残っていた。椅子の下のごみ袋は、緑色の物から白い物に替わっていた。
最初に赤くなった2輪はしぼみ、花びらの縁が茶色くなっていた。杵渕さんは、ほかの花がらを摘むのと同じように、そのうちの1輪を取った。指で広げると、折れ重なった内側にはまだ赤が残っていた。
足元には白いじょうろがあった。杵渕さんは摘んだ花を、水を入れる口から中へ落とした。
「これに戻ってくれればと思ったんです。捨てる前に」
持ち手も胴も、白いままだった。底に残っていた水に、赤い花が浮いていた。傾けると花は注ぎ口の方へ滑り、杵渕さんはじょうろを立て直した。
「詰まってしまう」
杵渕さんは水を入れる口を下へ向け、落ちてくる花を手のひらで受けた。水を切って、ごみ袋へ落とした。もう1輪は、じょうろを通さずに捨てた。
私は、この先も水やりを続けるのかと尋ねた。杵渕さんは、花は好きだから、とだけ答えた。青い花はまだしぼまずに咲いていた。前の日、通り掛かった近所の人がその花を見て、どこで買った苗かと聞いてきたそうだ。杵渕さんは、園芸店の名前を教えたが、白い苗だったことは言わなかったという。
ごみ袋を結ぶと、杵渕さんはエプロンのひもをほどいた。畳んで玄関の中の靴箱の上に置き、戸を閉めた。それから白いじょうろを持って、水道へ向かった。



