日傘の中には、差している本人ではなく、数歩離れた場所に日陰を作る物があることがある。
北都県南條市の、商店が並ぶ通りに食料品店がある。店の壁から少し離してベンチが置かれ、通りとの間には広い舗装がある。ひさしはベンチまで届かず、夏の昼前には座面にも日が当たる。買い物帰りの人や、迎えの車を待つ人がよく腰を下ろす場所だ。
2024年6月26日、真野瀬千佳子さん(64歳)から連絡をもらった。日傘を差しても、自分の所が日陰にならないという。29日の土曜日に、友人の塚守和津子さん(66歳)と近くの映画館へ行く約束があり、その前なら話せると聞いて、私は待ち合わせ場所のこのベンチへ行った。
千佳子さんの鞄には折った上映案内が入っていて、昼の回の時刻を丸で囲っていた。見たい作品があると誘ったのは和津子さんで、上映時間を調べたのは千佳子さんだという。前に2人で映画を観たのは、何年も前だった。
日傘は去年から使っている物で、黒い無地の布に、木の曲がった持ち手が付いている。25日に家から差して出たとき、顔がいつまでもまぶしかった。見上げても布に穴はなく、骨もきちんと開いていた。足元から離れた所に大きな影を見つけ、そこへ歩くと、影も同じ方へ動いたという。
普通、日傘の影は差している人の足元か、その少し先に落ちる。太陽が高い昼前なら、影は人の真下に近い所へできる。千佳子さんはベンチから立ち、舗装の空いた所で傘を開いた。
ベンチの手前が暗くなった。傘の幅は1人が入るほどだが、地面の影はベンチを端から端まで覆い、その両脇へも広がっていた。千佳子さんの足元と影の縁との間には、日の当たる舗装が残っている。
私は横へ回った。傘の布は頭の上をふさいでいるのに、千佳子さんの額や肩には日が当たり、鼻の脇には細い影ができていた。私たちの身体の影は太陽と反対の側へ伸びている。大きな影が出たのは、太陽のある側だった。
まず、ほかの物の影ではないかと考えた。頭上を雲が通った様子はなく、店のひさしの影も動いていない。ベンチの上には電線も看板もない。千佳子さんが手首を返して傘を傾けると、地面の丸い影が細長くなり、傘を戻すと広がった。影は傘の動きに合わせて形を変えていた。
次に、持つ人によるのかを確かめた。千佳子さんの了承を得て、私が傘を受け取って差した。私の顔にも日が当たったままで、ベンチの前の大きな影は消えなかった。傘を返すと、千佳子さんの手でも同じ影ができた。傘の側に何かがあると考えるしかなかった。
布にも触ってみた。つやのない厚手の綿で、日を受けた表面は温かい。光を跳ね返して別の所を照らすような素材ではない。骨は8本で、1本も曲がっていなかった。持ち手の木は、親指の当たる所だけ色が薄くなっていた。千佳子さんによると、その跡は手に入れたときから付いていたという。
私はベンチの前へ行き、大きな影の中に入った。腕に当たっていた日の熱さが弱くなった。顔を上げると空が見え、頭上には傘もひさしもない。千佳子さんが少し横へ歩くと、日陰の縁が私の腕を通り、手首から肩へ日が戻った。
「自分が入ろうとすると、先へ行ってしまうんです」
千佳子さんは傘をベンチへ寄せ、開いたまま座面の端に横たえた。影は細くなり、舗装の別の所へ移った。持ち手から手を離しても消えない。千佳子さんはその日陰へ歩き、顔を上げた。傘を差している間には入れなかった所だった。
そこへ和津子さんが来た。千佳子さんが説明すると、和津子さんは頭の上と地面を何度も見比べた。自分の茶色い日傘を差したまま大きな影へ入り、それから畳んだ。茶色い傘の影は、和津子さんの足元にきちんと落ちていた。
「座って待っていればよかったのに」
千佳子さんは、座った所へ影を掛けるには傘をどこに置けばよいか、まだ分からなかったと答えた。和津子さんは店から空のプラスチック箱を借りてきた。ベンチから離れた所へ箱を置き、黒い傘の持ち手を縁に引っ掛けた。傘は斜めになり、布の端が舗装に付いた。2人で位置を直すと、影が座面に掛かった。
千佳子さんが腰を下ろした。和津子さんは飲み物を買ってくると言って店へ入った。私は2人の了承を得て、空き箱で支えた傘とベンチを撮った。千佳子さんの両手は膝の上にあり、傘には誰も触れていなかった。

飲み物を待つ間に、私は傘の出どころを尋ねた。千佳子さんは少し黙ってから、母の物だったと言った。母親は2023年の春に91歳で亡くなり、去年の夏、家を片付けたときに玄関の傘立てから出てきたという。去年はこの傘を数えるほどしか差さず、変わった所には気付かなかった。片付けや手続きに追われ、夏の間はほとんど家を空けていなかったという。
戻ってきた和津子さんが、その話を引き取った。
「お母さんの通院のとき、千佳子さんはいつもこのベンチで休ませていたの。お母さんを座らせて、自分は日なたに立って、この黒い傘を差し掛けていた。腕を伸ばすと、ちょうどあのくらい離れるのよ」
和津子さんが指したのは、千佳子さんが最初に傘を開いた舗装の位置だった。母親の介護は8年ほど続き、その間、2人で映画に行くことはなかった。千佳子さんは、傘を持つときに自分が日陰へ入ろうと思ったことはなかったと言った。母親の頭と膝に影が掛かっていれば、それでよかったのだという。
通っていたのは、通りの先にある内科の医院だった。毎週火曜の診察の帰り、母親はこのベンチで迎えのタクシーを待った。和津子さんは店の前を通るたびに、日なたに立つ千佳子さんへ声を掛けていたという。千佳子さんの腕だけが、いつも夏の終わりに日焼けしていたのを覚えていた。
傘が地面に落としていた影の位置は、千佳子さんが長いあいだ腕を伸ばして作っていた日陰の位置と重なっていた。
その間に、買い物帰りの女性がベンチへ座った。続いて男性も荷物を足元に置いた。千佳子さんが、傘が作っている日陰だと説明すると、女性は離れた黒い傘を見て「ずいぶん広いんですね」と言った。
上映の時刻が近づき、千佳子さんは立ち上がった。空いた所に和津子さんが座った。千佳子さんが空き箱から黒い傘を持ち上げると影がずれ、男性が荷物へ手を伸ばした。留め金を外すと傘がすぼまり、ベンチに日が戻った。座っていた女性が、迎えの車を待っているので、もう少し借りられないかと聞いた。
「私が残っているから、先に観てきたら」
和津子さんは黒い傘を受け取り、その場で開いた。大きな影が舗装に戻ったが、和津子さん自身は日なたにいた。和津子さんは傘を箱へ掛け直し、自分の茶色い日傘を千佳子さんに渡した。千佳子さんが開くと、頭と肩が小さな影に入った。
千佳子さんは上映案内を開き、丸で囲んだ時刻を指した。今から行けば2人で間に合うと言ったが、和津子さんは、迎えが来るまでは傘のそばにいると答えた。ベンチの女性が足元を指した。片方の膝に日が当たっていた。和津子さんは箱を少し動かし、影がベンチの端まで広がると、女性は礼を言った。
「終わったらここへ寄ってね。傘があるから」
千佳子さんは上映案内を折って鞄に戻した。借りた茶色い日傘を差して通りへ出ると、和津子さんが後ろから、どうだったか後で教えてほしいと声を掛けた。千佳子さんはうなずき、1人で映画館の方へ歩き始めた。角を曲がる前に振り返ったとき、和津子さんはベンチに座り、空き箱に掛かった黒い傘の方を見ていた。



