家で使うタオルの中には、どこでもらったのか思い出せない古い1枚が混じっていることがある。端に会社の名前が薄く残っていても、毎日使っていれば、誰もそれを読まなくなる。
北都県南條市の岸木光津子さん(70歳)は、自宅で月に1度、以前の職場の友人たちと縫い物をしている。大きな机のある部屋を開け、来る人が手を洗えるよう、洗面所に清潔なタオルを掛けておく。2024年7月22日の月曜日の朝も、翌日の集まりに使うため、白いタオルを洗った。この白い1枚は、ここ数年、集まりの前日に必ず洗って洗面所に掛けてきた物だった。その1枚が、日なたへ干すと凍るという連絡が、その日のうちに私へ届いた。
私は昼過ぎに訪ねた。縁側には小さな物干し台があり、白いタオルが1枚掛かっていた。布の隅に、岸木さんが目印にした青い縫い目がある。岸木さんは取り込んだ後、ここで氷が解けるのを待っていたと話した。
朝には、ほかに2枚のタオルを洗っていた。その2枚は庭の物干し竿で乾き、もう畳んである。白い1枚は、乾いたと思って触ると硬くなっていた。両端を持ち上げても真ん中が垂れず、折ろうとした所から細かな氷が落ちたという。初めに気付いたのは10時ごろで、干し直したのは11時ごろだった。
岸木さんは初め、すすぎが足りずに洗剤が残ったのだと思った。洗面器の水でもみ洗いすると柔らかくなったので、よく絞って干し直した。ところが、しばらくして同じように凍っていた。取り込んだ布から水が落ち始め、日が当たる場所へ戻さない方がよいのではないかと思ったという。
縫い物の仲間の坂巻和津乃さん(68歳)も、その場にいた。翌日の縫い物に使う布を届けに来ていた。白いタオルがもう曲がるようになったので、坂巻さんは、少しだけ庭へ出して見てもらえばいいと言った。岸木さんはうなずいた。
普通、濡れた布を日なたに干せば、水が蒸発して乾いていく。水が蒸発するときには布の熱を奪うので、濡れた布は周りの空気より少し冷たくなる。それでも、真夏の日なたで水が凍るほど冷えることはない。この日の南條市は晴れて、昼過ぎには30度を超えていた。
私は、岸木さんがタオルを外し、水道の水ですすぐところから見せてもらった。タオルは端を縫った所のほかは1枚の薄い布で、広げると洗面器が透けた。岸木さんが水を絞り、庭の低い物干し竿へ掛けた。比べるために、コップに水道の水をくみ、竿の下の日なたに置いた。
初めは、布の下の縁が風で動いていた。やがて裾に付いた水滴が落ちなくなった。丸い滴の表面が白く濁り、布目に沿って細い氷が上へ広がった。風が吹いても、布は板のように前後するだけになった。コップの水は、そのまま液体だった。
私は台所の温度計を借り、先を布の裾に当てた。目盛りは0度を下回って止まった。同じ温度計をコップの水に入れると、30度近くを指した。洗剤が残っているのなら、水が凍りにくくなることはあっても、凍りやすくなることはない。岸木さんはこの日も、いつもと同じ洗剤を使っていた。風で冷えたのでもない。縁側の風鈴がときどき鳴る程度の風だった。
私は布の端に指先で触れ、すぐ離した。冷たく、薄い氷が指先に付いた。岸木さんは布の中央を無理に曲げず、洗濯ばさみを外して竿から持ち上げた。2つ折りで竿に掛かっていた形のまま、両側が下へ伸びていた。竿に掛かっていた所は丸く曲がり、硬い形を保っていた。
私たちはタオルを縁側の陰へ移した。岸木さんは、庭で掛かっていた向きのまま、タオルを洗面器の縁に立て掛けた。細かな水滴が落ち始めると、布が折れ曲がり、洗面器の中へ倒れた。坂巻さんが端を持ち上げると、先ほどまで硬かった折り目が開いた。
坂巻さんがタオルを小さな物干し台へ掛けると、下の方にだけ日が当たった。私がその位置を指す前に、裾の水滴が再び白くなった。陰に入っている上半分は、湿ったまま柔らかく垂れていた。
私は岸木さんに断り、タオルを撮った。上の布は細かく波打ち、下の縁には薄い氷が付いていた。撮り終えると、岸木さんは物干し台ごと奥へ引き、日の当たる部分をなくした。

岸木さんは洗面器を片付け、白いタオルをほかの洗濯物とは離して、陰に干した。明日の洗面所には、ほかのタオルを掛けることになった。
その後、私たちは縫い物の部屋で、朝からの話を聞き直した。岸木さんはタオルをもらった時期を覚えていなかったが、自分でも何度も使い、洗ってきたという。今までに凍ったことはない。冷たい物を包んだ覚えもなかった。
話を終える頃には、白いタオルは乾いていた。岸木さんが縁側から持ってきたので、私も確かめた。布は冷たくなく、軽く握って放すと柔らかく戻った。青い縫い目のそばにも、氷の残りはなかった。
坂巻さんは、これなら乾いていると言い、手を出した。岸木さんから受け取って畳もうとしたとき、坂巻さんは青い縫い目のそばで手を止めた。縫い目の下に、薄れた紺色の文字が残っていた。
「これ、倉庫のタオルじゃない」
岸木さんは眼鏡を掛け、布を窓の明かりにかざした。縫い目を付けたときには、文字に気付いていなかったという。
岸木さんと坂巻さんが以前勤めていたのは、市内にあった冷凍倉庫の会社だった。2人とも事務の仕事で、倉庫が閉まった2015年まで同じ部屋にいたという。文字は、会社の名前と、その下の「前室」という2文字だった。
坂巻さんによると、冷凍庫へ入る前の小部屋を「前室」と呼んでいた。前室の中は0度前後に保たれていた。そこには作業員用のタオルが何本も掛けてあり、凍った荷を扱う人は、入る前に必ず手を拭いた。濡れた手で冷えた金具に触れると、皮膚が張り付くからだ。前室のタオルは、冷えたまま掛けっぱなしになる。夏の昼休みには、外の日なたへ並べて干し、硬くなった布を柔らかく戻していたという。
「前室のタオルは、誰のと決まっていなかったの。入る人が順に使って、出てきた人がまた掛ける。凍ったまま掛かっていることもよくあった」
倉庫が閉まるとき、残った備品のタオルは社員で分けた。岸木さんは、数枚を持ち帰ったことを、このとき思い出した。青い縫い目は、そのうちの1枚を家の物と見分けるために、自分で付けた物だった。坂巻さんも何枚か持ち帰ったが、もう使い切ってしまったという。
岸木さんは押し入れから、同じ文字のあるタオルをもう1枚出してきた。こちらには青い縫い目がなく、雑巾にするつもりで取ってあった物だという。私はそれを濡らし、庭の物干し竿に掛けてもらった。30分たっても凍らず、裾からは水が落ち続けた。2枚の布は、厚さも織り方も同じに見えた。違うのは、青い縫い目があるかどうかと、岸木さんの家で何年も使われてきたかどうかだった。
坂巻さんが白いタオルを4つに畳み直すと、岸木さんはそれを見て、今朝もこれを洗う前は同じだった、と言った。
「これで手を拭けば、また濡れますね」
岸木さんは使わずに置いておくつもりで、タオルを机の端へよけた。坂巻さんは持ってきた布を広げ、翌日の縫い方を相談し始めた。タオルはそのそばに置かれていた。
帰り際、岸木さんが茶の入ったコップを倒した。坂巻さんは近くにあった白いタオルを取り、机を拭こうとした。岸木さんは、そのタオルの端を押さえた。
「それ、濡らさないで」
坂巻さんは手を止めた。机は日陰だった。岸木さんもそれを見ていたが、タオルを離さなかった。コップから出た茶が、2人の手の下で、畳んだ布の角へ近づいていた。



