地方の古い庭には、切り落とした後も、しばらく地面に置いてはいけない枝が存在することがある。
北都県南條市の稲積澄雄さん(74歳)の家の庭には、背丈の倍ほどあるカシの木が立っている。隣家との低い柵の近くにあり、下の枝が1本、柵を越えて伸びていた。隣に住む久米田孝江さん(68歳)の物干し台へ近くなったため、稲積さんは植木の手入れを頼んでいる安久津邦成さん(56歳)に、その枝を切ってもらうことにした。残る枝の先は柵の内側にあった。
久米田さんは、秋物の寝具を外へ干したかった。竿の端まで広げると葉に触れるので、このところ物干し竿の片側を空けていた。2024年10月5日の朝は作業が終わるのを待ち、洗ったシーツを家の中に掛けていた。
その日の午前、私は安久津さんから電話を受けた。以前に庭の手入れについて話を聞いた人で、切った枝を片付けられずにいるという。昼前に稲積さんの家を訪ねた。
切った枝は、庭にある2つの木箱に載っていた。葉の付いた先が少し上を向き、太い端には新しい切り口が見える。長さは大人が両手を広げるほどで、地面に落ちた細かな枝とは分けてあった。2つの箱の間には、庭の奥の物置へ続く平たい敷石が並んでいた。
幹には、短く残した枝の端があった。私の肩ほどの高さで、柵の方へ斜めに突き出ている。その切り口と、箱に載った枝の切り口は、上下にも横にも離れていた。間には人が立てるだけの空きがあり、ロープやつるは渡っていなかった。
太い枝を切るとき、安久津さんはいつも2回に分けて切る。まず幹から少し離れた所で枝を落とし、残った短い部分を後から付け根で切り直す。一度に付け根で切ると、枝の重みで幹の皮まで裂けることがあるからだ。枝を下ろすのに使ったロープは既に外し、柵の足元へまとめてあった。付け根で切り直す作業には、まだ進んでいなかった。
枝を運ぼうとしたときの経過を、2人から聞いた。安久津さんが枝を抱えて横へ回すと、稲積さんは、木の上の方が隣家の側へ回るのを見た。
「風かと思いました。でも、揺れたのは葉だけじゃないんです。幹に残った切り口まで、向きを変えていました」
安久津さんが枝を戻すと、木も戻った。地面へ寝かせようとして枝の先を下げたときには、幹が柵の方へ傾いた。2人は枝を持ち上げ、幹がまっすぐに見える高さで止めた。手を離せるよう、物置にあった木箱を枝の下へ入れたという。
「この向きで切ったんです」
安久津さんは箱の上の枝を指した。葉の先が斜めに上がり、太い端が下がっていた。高さこそ違うが、木に付いていたときの向きに近いのだという。箱に置いてから、2人とも枝を動かしていなかった。
私は普通の説明から確かめた。まず、枝と木をつなぐものがないか、2つの切り口の間に手を通した。何にも触れなかった。次に、安久津さんと根元の土を見た。幹が傾くほど根が浮いているなら、土にひびや盛り上がりが出る。土は平らで、枝を運んでいた2人は根元から離れた敷石の上に立っていた。風はほとんどなく、柵の向こうの洗濯ばさみも揺れていなかった。
安久津さんは、枝の細い方を支える箱が小さく、端へ重みが掛かっているのを気にしていた。稲積さんが物置から幅の広い箱を出し、入れ替えることになった。試すために枝を動かすのはやめ、持ち上げる間も向きを変えないようにしようと、安久津さんが言った。
安久津さんが太い方、稲積さんが葉の付いた方を持った。2人で少し持ち上げたとき、葉の先が稲積さんの手の中で下がった。
幹に残った短い枝が下を向いた。切り口の上にある樹皮が縦に伸び、幹の上の方が柵の方へ曲がった。私は木箱の脇から、2つの切り口を見ていた。地上の枝と幹との間には、まだ人が立てるほどの空きがあった。
久米田さんが物干し台から離れた。木の上に残る葉が、空の物干し竿へ寄った。竿の先に触れる前に、稲積さんが枝先を持ち上げた。幹がまっすぐになり、切り口が初めに見た角度へ戻った。稲積さんは腕を上げたまま、「この高さでいいですか」と尋ねた。安久津さんは木の方を見てうなずいた。
2人にそのまま支えてもらい、私は小さい箱を抜いて、大きい箱を下へ入れた。安久津さんが折り畳んだ厚い布を箱へ載せ、高さを合わせた。枝を布へ下ろすと、2人が手を離しても幹は動かなかった。
安久津さんは、このまま車へ積むことはできないと言った。枝を短く切って運ぶ案も出たが、稲積さんは今日はこれ以上切らないでほしいと頼んだ。まず、箱から転がらないようにしてもらいたいという。安久津さんは箱の上へ木片を添え、枝が横へ回らないよう縄で留めた。縄は箱と枝にだけ掛け、立っている木へは渡さなかった。私は留め終えた枝と、その下を通る敷石を撮った。

縄を掛け終えたところで、稲積さんがいったん家へ入り、古い大学ノートを持って出てきた。2011年に亡くなった父の喜一さんが付けていた、庭の手入れ帳である。カシは喜一さんが植えた木で、昔の手入れもすべてこの帳面に書いてあるという。
稲積さんが開いたのは、1993年11月の頁だった。「東の下枝を払う」とあり、その下に鉛筆で次の2行が続いていた。
「払った枝は地に置かず、箱二つに載せる。葉の向きを変えずに七日置き、七日目に幹の方を切り詰める」
稲積さんは、この書き込みを薪にする枝を乾かすための決まりだと思っていた。安久津さんは帳面を読んで、しばらく黙っていた。この庭は2009年まで安久津さんの親方が手入れしており、安久津さんは見習いのころから一緒に通っていた。
「親方は、このカシの枝だけは地面に寝かせませんでした。いつも台に載せて、何日か置いてから取りに来ていた。枝をきれいなまま持って帰るためだと思っていたんです。付け根を切り直すのも、必ず後の日でした」
親方は既に亡くなっている。安久津さんが今朝したのは、親方に教わった2回の切り方の、1回目だけだった。2回目を同じ日にしなかったのは、たまたまだったという。
安久津さんと稲積さんは、手入れ帳のとおりに、7日目の11日まで枝を箱に置くことに決めた。久米田さんには、それまでは竿の東の端を使わないでほしいと伝えた。久米田さんは、前に住んでいた人からも、カシの枝を払った後は東の端を空けるよう言われたことがあると話した。落ち葉が付くからだと思っていたという。
久米田さんはシーツを持ってきた。初めに竿の庭側へ掛け、それから東の端を手のひら1枚分残して布を広げた。葉には届かなかった。稲積さんは柵のそばで、布の端が止まるまで見ていた。
安久津さんが工具をまとめ始めると、稲積さんは物置へ向かった。敷石の道には、枝を載せた箱が両側から張り出していた。その間を枝が横切っている。
稲積さんは片足を上げ、枝をまたごうとした。そのまま足を戻した。枝へ触れたわけではなかったが、木の上を見てから、安久津さんを呼んだ。
「ここ、通るたびに触りそうです」
安久津さんは、箱の位置を替えるなら、また枝を持ち上げることになる、と答えた。稲積さんは葉の先を支える箱の裏へ回った。そこには小さな鉢を並べた棚があり、木箱との間を通り抜ける幅はなかった。
稲積さんは棚から鉢を下ろし、家の壁際へ並べた。空いた棚を安久津さんと持ち上げ、物置の横へ移した。棚のあった土を足でならすと、箱の後ろを通って物置まで歩いた。
戻るときも、枝はまたがなかった。新しく空けた所で身体を横にし、葉へ上着が触れないよう、片手で裾を押さえて通ってきた。向こうの竿では、久米田さんのシーツが東の端の少し手前まで広がっていた。



