手作りの器は、使い込むうちに色や艶が少しずつ変わる。ところが、地方の家の台所には、洗うたびに器そのものが見えなくなり、汚れだけが残っていくものが存在することがある。
北都県南條市の宇津木佳江さん(64歳)の台所にある白い鉢は、3年前の秋、宇津木さんが公民館の陶芸講座で作ったものだ。粘土の塊から底を作り、周りへ土を足して側面を立ち上げた。焼き上がりは両手に載る大きさで、内側も外側も白く、縁には青い線が巡っていた。口は少し楕円になり、一方の縁だけが低かったという。
汁のあるおかずを盛るために作った鉢で、夕食にもよく使っていた。食べ終えた後は、柔らかいスポンジへ食器用の中性洗剤を付けて洗う。宇津木さんは、それまでと違う洗剤や道具は使っていないと話した。
最初に気づいたのは2024年10月13日の夜だった。カボチャの煮物を食べ終え、内側をスポンジでなでると、白い底の一部がなくなった。裏から支えていた左手が、その場所を通して見えたという。
欠けたのかと思い、スポンジを離して指で触れた。見える所にも見えない所にも、同じように硬い面があった。指先が落ち込む穴や、鋭い割れ口はなかった。その夜は途中で洗うのをやめ、水を切って流しの脇へ伏せた。
翌朝、明るい窓の前へ持っていっても同じだった。宇津木さんは、汚れか洗剤の膜でおかしく見えているのかと思い、もう一度洗った。底の見えない部分が側面へ広がり、青い線も途中で切れた。洗うたびに鉢が見えなくなる、と14日に私へ連絡をくれた。器がなくなったわけではない、と宇津木さんは電話で何度も言った。
焼き物の白い面は、表面を覆うガラス質の上薬が光を返して見えている。上薬が溶けて薄くなっても、その下には焼き締めた土があるので、器が透けて向こうが見えることはない。私はまず、鉢を焼いた講座の講師に話を聞くことにした。
18日、講座を20年以上受け持っている蒔田栄治さん(69歳)に電話した。蒔田さんは宇津木さんの鉢を覚えていた。
「縁の低いところを直さずに焼いたのは、宇津木さんの希望でした。白い上薬と、縁の青は講座でいつも使っているものです。同じ上薬の器は何百と焼いていますが、洗って消えたという話は聞いたことがありません」
講座では、形を作った器を乾かし、一度低い温度で素焼きしてから上薬を掛け、もう一度高い温度で焼く。蒔田さんは、窯に入れた器を1回ごとに「焼成記録」というノートへ書いている。電話口で2021年のノートを開いてもらうと、11月の本焼きの欄に「宇津木 鉢(白・縁青)」とあった。同じ回には、ほかの受講者の器が11点並んでいた。
蒔田さんはそれから、もう一つのことを付け加えた。講座の器を焼いてきた公民館の電気窯は、建物の改修で10月12日に運び出された。宇津木さんが初めて鉢の異変に気づいた日の、前の日である。15日には、同じ講座に通っていた別の女性から、皿の花の絵が洗うと薄くなるという電話があったという。蒔田さんがノートを見直すと、その皿も2021年11月の同じ回で焼いていた。蒔田さんは、窯と関係があるとは考えていなかった。私もこの時点では、日付が並んでいる以上のことは分からなかった。
19日の午後、私は宇津木さんの家を訪ねた。鉢は底と側面の大半が見えなくなっていた。白い部分は、縁の近くに手のひらより小さく残っていた。その端には青い線があり、すぐ横に茶色い筋が付いていた。宇津木さんは、13日から料理には使っていないと言った。
私は断って、鉢を持たせてもらった。残った白い部分から指を滑らせると、何も見えない所にも丸い縁が続いていた。内と外から指で挟むと厚みがある。縁の低くなった場所を越え、その先まで手を動かしても、欠けた所はなかった。
台所の量りに載せると、312グラムを示した。白い部分の重さだけとは考えにくい。見えなくなった部分も、土の重さを持ったままそこにあった。焼き上がったときに量ったことはないが、手に持ったときの重さは前と変わらないと、宇津木さんは言った。
宇津木さんは布巾を敷いた食卓へ鉢を戻し、その中へスプーンを置いた。金属の先は、布巾に届く手前で止まった。柄は斜めに立ち上がり、見えない縁にもたれていた。宇津木さんが鉢を持ち上げると、スプーンも一緒に上がった。
宇津木さんは、残った白い所を少し洗ってみると言った。乾かして置いておいたが、13日より前の姿には戻らなかった。汚れを残して食器棚へしまうのも気になり、その日は洗うつもりでいたという。
流しへ移り、宇津木さんは左手で鉢の下を支えた。右手のスポンジを白い部分の内側へ当てると、泡が細く広がった。水を掛けて泡を流した後には、白い部分が半分ほどになっていた。
私は宇津木さんの右側から見ていた。さっきまで青い線があった所に、流しの縁が見えた。宇津木さんが鉢を少し回しても、そこに光を返す縁や、向こうの物をゆがめる面は見つからなかった。左手の指がその部分の裏へ移ると、鉢のあった場所を通して指の形が見えた。
スポンジの角が、最後に残った白い部分へ触れた。宇津木さんが手を引く間に、白と青が薄くなり、左手の指が全部見えるようになった。鉢の破片が落ちる音はしなかった。宇津木さんは持つ形を変えず、左手に鉢の重みがあると言った。
蛇口から細く水を出し、宇津木さんはその下へ鉢を差し出した。水が何も見えない所にたまり、底の丸みに沿った形になった。少し傾けると、低くなった縁の一か所から流れ落ちた。宇津木さんは鉢を起こし、もう一度傾けて、水を切った。
茶色い筋は残っていた。私はこの時、そこだけは鉢の縁が見えているのだと思った。宇津木さんも、青い線の下に土の色が出たのかと思ったという。
宇津木さんが濡らした布巾の角を筋の端へ当てた。布を引くと、茶色が少し付いてきた。筋は短くなり、その下に白い面も、土の色も現れなかった。
「これ、器の色じゃなかったんですね」
宇津木さんは、布巾の茶色いところを見ていた。煮物を取り分けたとき、縁へ汁を垂らしたのを思い出したという。その跡だけが、鉢の白や青が見えなくなった後も残っていた。
宇津木さんは流しの隣へ乾いた布巾を広げ、そこへ鉢を置いた。私は了承を得て、茶色い筋を近くから撮った。白い布の織り目は筋の下まで見えていた。写真では、鉢の丸い形も厚みも分からない。

宇津木さんは、講座から鉢を持ち帰った日の写真を見せてくれた。食卓の上に白い鉢があり、青い線は一周つながっていた。少し低くなった縁は、写真でも分かった。宇津木さんはそこへ箸を掛けて使っていた。形を直すより、このままの方が持ちやすいと思ったのだという。
私は、前日に蒔田さんから聞いた窯の話と、皿の絵が薄くなったという別の受講者の話を伝えた。宇津木さんはしばらく黙っていた。
「あの窯で焼いてもらったのは、これ1つだけなんです」
それから宇津木さんは、その人の皿も洗うのをやめた方がいいのではないかと言い、蒔田さんの電話番号を手帳に書き写した。
私は食卓へ戻って写真を見ていた。台所では、宇津木さんが鉢の内側へ乾いた布巾を入れ、底から縁へ向けて拭いていた。布は途中から丸く曲がり、指で押すと、見えない器の内側に沿ってへこんだ。
茶色い筋のところまで来ると、宇津木さんは布巾を持ち直した。布の端を細く畳み、筋の下に残っていた水滴だけを吸い取った。鉢を置き直す前に、茶色いところが手前へ来るように、両手の中で向きを変えた。



