地方の家では、冬の前に押し入れから掛け布団を出し、汚れが気になれば浴槽で踏み洗いをすることがある。洗剤を溶かした湯に沈め、足で押して汚れを出し、何度もすすぐ。濡れた布団は重く、1人では持ち上げられない。洗った後に中綿が片寄ることはあっても、形が変わることはない。
浴槽で踏み洗いしていた掛け布団から、羊が出てきた。北都県南條市に住む倉瀬昭宏さん(61歳)から、2024年11月2日の昼にそう電話があった。昭宏さんとは以前、地域の行事の取材で連絡先を交換していた。家畜を診る獣医師に来てもらうことになったが、それまでに何があったかを残しておきたいという。
私は近くにおり、電話の後すぐに訪ねた。昼過ぎの浴室で、昭宏さんと妻の志津子さん(58歳)は、羊の毛に残った洗剤を流していた。作業を続けながら聞かせてもらった、私が来るまでの経過を先に記す。
志津子さんは、押し入れから冬の掛け布団を出したところ、襟元の汗染みが気になった。白いカバーを外すと、中の青い布地にも染みがあった。布団の表示には家庭で手洗いできることが記され、中綿はポリエステルとなっていた。洗濯機へ無理に押し込まず、浴槽で洗うことにした。ぬるめの湯に衣料用の中性洗剤を溶かし、畳んだ布団を沈めた。水を含ませながら足で押し、汚れた湯を出してから何度かすすぐつもりだった。濡れた布団を持ち上げるのは難しいので、買い物へ出る昭宏さんに、帰ったら手を貸してほしいと頼んでいた。
志津子さんはズボンを膝の上までまくり、浴槽の縁を持って布団に乗った。初めは、足を下ろすと綿が平たくなり、両脇へ泡が出た。片足ずつ場所をずらしていると、右の足裏が押し返された。
右足を載せたままなのに、その下だけが盛り上がった。志津子さんは足を離した。青い布地が細長く張り、端の縫い目から白い綿がはみ出していた。白い綿は湯の上へ伸び、先が細く固まって、左右に割れた黒い蹄になった。そのすぐ後ろには、短い白い毛の生えた脚があった。
志津子さんは浴槽から出た。布団の反対側も膨らみ、泡の間から長い顔と横に張り出した耳が出た。黒い鼻が湯に沈みかけたので、顔の下へ手を入れて持ち上げ、排水ボタンを押した。湯が減る間、羊は短く鳴いた。湯が抜けると、丸めたタオルを頭の下へ入れ、昭宏さんを呼んだ。
浴室の窓には格子が付き、その日は朝から閉めたままだった。濡れた蹄の跡は浴室の中にしかなく、廊下にも脱衣所にも何も付いていなかった。近所で羊を飼っている家はなく、志津子さんは昭宏さんが出掛けてから1人で家にいた。
昭宏さんが着いたとき、羊は横向きで、前脚が2本とも出ていた。胴を持ち上げようとすると、まだ布の中にある後ろ脚が引っ掛かった。
「そこで初めて、綿がなくなっていくのが見えたんです」
開いた縫い目から出ていた平たい白い層が、内側へ寄り、細い脚の形になった。毛の下へ薄い色の皮膚が続き、先には黒い蹄ができた。別の動物を布の下から取り出したのではないと、昭宏さんは言った。志津子さんは裁縫箱から鋏を持ってきて、体から離して持てる所から布を切った。切り口を広げると、後ろ脚が外へ出た。
2人は洗い場へ厚いバスタオルを敷き、羊をそこへ下ろした。青い布地を開くと、中はほとんど空だった。端の縫い目に細い綿が残っているほかは、表と裏の布が重なっていた。
私が着いたとき、羊は洗い場に立っていた。背は浴槽の縁より低く、毛が濡れて細い胴が見えていた。角はなく、足元のタオルを前脚で踏み、頭を下げて匂いをかいだ。志津子さんがしゃがむと、顔をそちらへ向けた。耳に札はなく、毛を刈った跡もなかった。濡れた毛からは、押し入れの匂いと、洗剤の匂いがした。私は許可を得て、羊と浴槽を撮った。その後、昭宏さんが布を洗い場の端へ広げ、私は切り口と空になった内側を撮らせてもらった。

獣医師が来るのは夕方になると決まった。それまで、残った洗剤を流し、体を冷やさないようにすることになった。洗濯に使った洗剤の容器も、診てもらう際に見せるため残しておいた。
待っている間に、志津子さんは押し入れへ戻り、布団が入っていた紙袋を確かめた。袋の内側に、茶色い封筒がセロハンテープで貼ってあった。開けると、古い伝票が1枚入っていた。南條市内にあった綿店のもので、平成10年3月の日付だった。
「掛布団1枚 中綿入替 羊毛(持込) 早川トミ様」
早川トミさんは、志津子さんの母親である。志津子さんが昭宏さんと結婚した年に、この布団を持たせてくれた。表示のポリエステルは、元の布団に付いていたものだった。トミさんは中綿を入れ替えてから渡したが、志津子さんはそのことを聞いていなかったという。
志津子さんの実家は、北都県の山あいにあった。トミさんは、庭の奥の小屋で、羊を1頭だけ飼っていた。毛を刈るのはトミさんの仕事で、刈った毛は洗って納屋に干していた。志津子さんが嫁いだ年の春に、その羊は年を取って死んだという。
「ハナって呼んでいました。角のない、背の低い羊でした」
志津子さんは、洗い場に立つ羊を見ながら言った。昭宏さんは、その名前を聞いたのは初めてだと話した。トミさんは12年前に亡くなり、実家の小屋も取り壊されている。
志津子さんは、実家に残る兄の早川孝さん(64歳)に電話を掛けた。孝さんは、ハナの毛を母親が袋に詰めて綿店へ運んだのを覚えていた。嫁ぎ先は冬が寒いから、と言っていたという。ハナが死んだ後、最後に刈った毛だったそうだ。
志津子さんは電話を切ってから、しばらく伝票を持ったままでいた。羊は洗い場で、切った布地の端に鼻を寄せていた。
志津子さんは、母親の持ってきた布団を、26年間一度も洗ったことがなかった。毎年冬に出し、春に干してしまうだけだった。今年は昭宏さんが腰を痛めたので、布団店へ運ぶ代わりに自分で洗うことにした。汗染みは、昭宏さんの側の襟元だけだった。そこまで濃い染みに気づいたのも、今年が初めてだったという。
昭宏さんは、家で飼えないかと志津子さんに尋ねた。庭は車1台分の広さしかなく、近所にも迷惑が掛かる。志津子さんは首を振り、実家のある山あいの牧場に、引き取ってもらえないか聞いてみると答えた。孝さんが、知り合いの牧場に話をしてくれることになった。
切った青い布地は、志津子さんが洗い場の端でたたんだ。カバーと一緒に取っておくという。夕方、獣医師の診察を受けて、羊は数日後に山あいの牧場へ移されたと、後日、昭宏さんから聞いた。私は移送には同行していない。牧場の柵の中で草を食む羊の写真が、孝さんから志津子さんの電話に届いたという。写真の奥には、取り壊された実家の跡地の方角の山が写っていた。
昼過ぎ、私が浴室にいた間は、まだ羊の腹側に泡が少し残っていた。志津子さんは昭宏さんへ、胸の下を支えてほしいと頼んだ。昭宏さんは羊の反対側へ回り、タオルの前にしゃがんだ。
「動いたら、教えて」
志津子さんは羊の横へ膝をつき、シャワーの水を自分の手で受けてから、腹の毛へかけた。昭宏さんは片腕を胸の下へ入れ、もう片方の手を脇へ添えた。志津子さんも、空いている手で腹の下を支えた。
毛の間から白い泡が流れ、タオルへ落ちた。羊が前脚を上げると、志津子さんはシャワーを床へ向けた。蹄がもう一度タオルに着くのを待ってから、残った泡へ水を流した。腹の下に添えた手は、羊がまた脚を上げる間も離さなかった。



