地方のボウリング場では、機械に手を挟む事故が起きると、店が短い事故報告を書いて運営会社へ送る。書かれた数行が、そのレーンを直すか、やめるかを決めることがある。
北都県南條市のボウリング場、南條スターレーンで、2021年8月14日の未明に9番レーンの得点が300点になった。1投で10本のピンを倒すストライクを12回続けた、パーフェクトの得点である。そのとき店にいたのは2人だけで、試投するはずだった保守担当者は、1球も投げないまま左手を負傷し、救急車で運ばれた。
8月16日、私は支配人の前田俊茂さん(仮名、57歳)から、店が書いた事故報告の控えを見せてもらった。原因の欄には「返却台で球と球の間に左手を挟んだ」とだけある。前田さんは、300点の採点画面を印刷した紙も保管していた。投球者の名前の欄は空いていた。
負傷した岡田和文さん(仮名、68歳)は、2016年まで店の機械係として勤め、今は1回ごとの手間賃で設備を見ている。左手の2本の指に、包帯が巻かれていた。
「まだ自分で持っているのに、同じ球が上がってきたんです」
9番では数日前から、投げた球が返却台の出口まで来て止まり、客の手元へ戻らないことがあった。この店では、9番と10番の球が同じ返却台へ戻る。店は両方の使用を止めた。機械の会社に修理を頼むと18万円の見積もりが出るので、まず岡田さんに見てもらうよう、運営会社から言われていたという。点検は13日の閉店後に決まった。
岡田さんは返却口の部品を調整し、最後に試投して確かめるつもりだった。前田さんは貸し出し用の球を返却台から片付け、岡田さんはピンの奥と返却路に球が残っていないことを確かめた。
岡田さんが持ってきたのは、使い慣れた黒い私物の球だった。前に親指の穴の位置を変えていて、古い穴を埋めた灰色の跡がある。そのそばに、岡田さんは白いチョークで十字を付けた。返ってきたときに同じ面を上にして、機械で新しい傷が付いていないか見るためだった。
日付が14日に変わってから、前田さんが試投用に9番で新しいゲームを始めた。岡田さんは球を返却台の手前に置き、両手で向きを変えていた。奥から黒い球が上がってきたのは、そのときだった。
上がってきた球が、岡田さんの持つ球にぶつかった。間にあった左手の指が挟まれた。前田さんが駆け寄って球を引き離すと、2個とも、指の穴の横に白い十字が見えたという。
前田さんは、岡田さんが手前で持っていた球を空のボールバッグに入れた。もう1個は返却台に残し、機械を止めるために受付へ走った。ピンを並べる機械と球を戻す機械の電源を切ると、店の中の機械の音が止んだ。採点の画面は別の電源につながっていて、点いたままだった。
前田さんが救急車を呼んでいる間にも、球同士がぶつかる音がした。止めた返却口から、次の黒い球が上がってきて、台に残っていた球を押したという。前田さんも電話を終えてから、球が上がってくるところを見た。受付から見ている間、球が1個上がるたびに、9番の画面にストライクの印が1つ増えた。レーンを転がる球は、2人とも見ていない。
救急隊が着いたときには音が止み、画面は300点になっていた。前田さんは岡田さんを見送った後、返却台と周りの床にあった黒い球を集めた。白い十字のある球が12個あった。
店の貸し出し用の球が紛れたのではないかと考え、前田さんは翌朝、棚の球を数え直した。貸し出し用は1個も減っておらず、どれにも店の名前が彫ってある。12個には、店の名前も、買った店の印もなかった。
私は2人に別々に話を聞いた。最初の球が上がるまで誰も投げていないこと、元の球をバッグへ戻した後も球が上がり続けたことを、2人とも同じ順番で話した。8月17日には岡田さんの立ち会いで、事務室の床に置かれた12個を見た。どれにも白い十字と、親指の古い穴を埋めた灰色の跡があった。十字の短い横線が少し傾いているところまで似ていた。岡田さんは、店に持ってきたのはバッグの1個だけで、同じ球はほかに持っていないと話した。
9番と10番は使用を止めたままだった。私は同じ日に、客が入らないようロープを張った9番の付近を撮った。止まった返却台には、整理中の貸し出し用の球が置かれていた。

私が分からなかったのは、事故報告の短さだった。球が電源を切った後も上がってきたこと、12個の球、300点。2人がそろって話すことが、報告には一つも書かれていない。
前田さんは、報告は事実どおりだと言った。岡田さんは、返却台で球と球の間に手を挟んだ。運営会社の用紙には、場所、状況、原因、再発防止策の欄しかない。
岡田さんは店の社員ではないので、治療の費用は、店が入っている賠償の保険から出る。保険会社は報告をそのまま受け付け、問い合わせも来なかった。手続きとしては、何の問題もなく終わっている。
ただ、その書き方を頼んだのは岡田さんだった。救急車を待つ間に、岡田さんは「機械のことは書かないでほしい」と前田さんに言ったという。私は岡田さんに、そのわけを尋ねた。
「9番と10番は、店が開いた1983年からの機械なんです。電源を切っても球が出たなんて書いたら、故障ということになる。故障なら、もう直さずに外すと思いました」
岡田さんは、この2つのレーンの機械を30年以上見てきた。部品が出なくなってからは、ほかの店で外された機械から部品を取ってきて付け替えている。点検の手帳を見せてもらうと、9番の欄だけで12冊目だった。
岡田さんが私物の球で試投するのも、勤めていたころからの決まりだった。店の貸し出し用の球は重さも穴もばらばらで、返ってきた球に新しい傷が付いても、元からあった傷と区別がつかない。自分の球なら、どの傷がいつ付いたかを覚えている。白い十字は、そのための目印だった。
前田さんは岡田さんの頼みを聞き、機械のことを書かなかった。代わりに、再発防止策の欄を埋めた。そこには「9番・10番の使用を中止する」と書いてある。点検が終わるまで使わない、というつもりの一行だった。
8月16日の夕方、運営会社から前田さんにメールが届いた。前田さんはその画面を印刷して見せてくれた。事故報告を受けて、9番と10番を9月末で外し、空いた場所に軽食の席を置くという内容だった。理由には、事故報告の再発防止策がそのまま引いてあった。機械の会社の18万円の見積もりも、岡田さんの点検の結果も、待たずに決まっていた。
前田さんは、機械のことを書いていれば点検を続ける理由になったかもしれない、と話した。岡田さんは、それを聞いても書き直しを頼まなかった。
「書いたら、外す理由が増えるだけです」
採点の画面だけなら、読み取りの不具合や、係員が得点を直したことも考えられる。前田さんは、ゲームを始めた後に得点を直していないと答えた。印刷した300点から、実際にピンが12回倒れたと確かめることもできない。9番の採点の機械も、9月末には外される。
取材を終える前に、前田さんは岡田さんのバッグを差し出した。持ってきた球はバッグに入れて分けてあるので、その1個なら持ち帰れる。岡田さんはバッグを受け取ったが、事務室の12個も自分の球と同じだと言い、捨てたり、客に貸したりしないでほしいと頼んだ。
前田さんが、では持ってきた球だけは持ち帰るかと尋ねると、岡田さんはバッグを床へ戻した。
「それをまた投げたら、ここにある方はどうなるんでしょう」
岡田さんはバッグを12個の球の隣へ寄せ、点検の手帳の9番の欄に、その日の日付と「試投せず」とだけ書いて、店を出た。


