白紙になった見積書に関する奇妙な記録

相談者撮影。夜の寝室。明かりのついたスタンドの横の台に、歩数のグラフを表示したスマートフォンと水の入ったコップが置かれている。

空き巣の被害届には、盗まれた物の欄が空いたまま、家の中の何かだけが確かに変わっていたという届けが混じることがある。

2022年5月2日の月曜日の朝、北都県南條市の住宅で、安藤由美子さん(仮名、63歳)は勝手口の鍵が開いているのに気づいた。台所から廊下を通って、階段の下まで泥の靴跡が続いていた。鍵にこじ開けた傷はない。寝室は2階で、夫の安藤康久さん(仮名、66歳)も、夜中の物音には気づかなかったという。

下の写真は、由美子さんがその朝、警察が来る前に撮ったものだ。靴跡は階段の下まで続き、段の上には見えない。

住人女性が撮影した、台所脇の廊下に続く泥の靴跡。奥には2階へ上がる木の階段があり、段の上には泥の靴跡が見えない。
情報提供者撮影。2022年5月2日、南條市の自宅。台所から階段の下まで、泥の靴跡が続いていた。

駆けつけた警察官に盗まれた物を聞かれ、夫婦は財布と通帳を確かめた。テレビの横の小銭入れも、居間の引き出しにしまった書類の封筒も残っていた。その日のうちに分かったことの中で、なくなった物は一つもなかった。警察は住居侵入として届けを受け、勝手口と廊下の靴跡を撮って帰った。

午後、封筒の中を確かめた夫婦は、文字のない紙を見つけた。4月に家の修繕を頼んだ業者の見積書と、契約の控えだった。四つ折りの線も、右下の薄い丸い染みも前のままなのに、印刷の文字も、康久さんが余白に書き足した日付も消えていた。

同じ朝、由美子さんのスマートフォンには、2時から3時までに6,128歩という記録があった。本人は寝ていた時間で、康久さんの電話にはその時間帯の歩数がない。由美子さんの電話は枕元の台にあり、前の晩と同じように充電の線がつながっていた。由美子さんは念のため、歩数と充電の画面を画像として保存し、警察にも伝えた。

私は5月14日に安藤さん宅を訪ねた。勝手口の鍵は替えられ、寝室の入口には簡単な警報が付いていた。

修繕を頼んだ経緯から聞いた。4月18日、作業着の男性が訪ねてきて、雨どいが外れかけていると言った。業者の担当者は西脇(仮名)と名乗り、その場で小さな印刷機から見積書を出した。雨どいと外壁の一部の補修で、合計は38万円。20日に打ち合わせをし、康久さんは業者が置いていったボールペンで、余白に打ち合わせの日付を書いた。工事のついでにと、古くなった勝手口の鍵も交換してもらったという。

ところが、工事が終わると、業者は112万円を請求してきた。見積書の金額は112万円だった、と西脇は言い張った。

「電話で『見積書をよく見てください、112万と書いてあるはずです』と言うんです。手元の紙には38万円とある。読み間違えるような数字ではありません」と康久さんは話した。夫婦は見積書を見せて争うつもりで、4月28日に消費生活センターへ電話で相談した。由美子さんは担当者に送るため、見積書を電話で撮影し、そのことを西脇にも伝えていた。

「書いてある物がありますから、と言ったんです。そのとき、相手は黙りました」

訪ねてきた業者と結んだ契約は、書面を受け取ってから8日以内なら取り消せる仕組みがある。センターの担当者からは、受け取った書類を必ず手元に残し、日付の分かる形で保管するよう言われていた。業者の言う金額と、紙に印刷された金額のどちらが正しいかは、その紙で決まる。夫婦が争う材料は、封筒の2枚と、由美子さんの電話の写真だけだった。

私はまず、紙を見せてもらった。封筒には見積書と契約の控えの2枚だけが入っていた。どちらも表も裏も白い。光にかざすと、四つ折りの線と染みのほかに、紙の表面がわずかに波打っている所があった。熱を当てた紙によく見られる跡だ。

文字を熱で消せる用紙やトナーは、事務用品として売られている。印刷した文字が、決まった温度以上で色を失う。書類を何度も使い回すための品で、普通の見積書に使う物ではない。康久さんが日付を書いたボールペンも、こすると熱で字が消えるタイプだった。

白くなった紙だけでは、熱で消したと決められない。消えた文字を確かめる方法が必要だった。

由美子さんの電話の6,128歩も、確かめた。歩数は、電話が体と一緒に揺れる動きを数える。私は自分の電話を手に持ち、アイロンを10分ほど小刻みに動かしてみた。記録された歩数は約1,000歩だった。1時間なら、6,128歩に近い数になる。電話を明かりにして何かの作業を続ければ、歩かなくても歩数は増える。充電の画面には、2時台に充電が途切れた時間が残っていた。朝に線がつながっていたからといって、電話が一晩中枕元にあったとは限らない。

靴跡が階段の下で終わっていることも、別の意味を持ち始めた。泥の付いた靴を脱げば、2階へ跡は残らない。家の造りを知っていれば、そうする理由もある。打ち合わせの日、西脇は家の中を見て回り、2階の窓の雨どいも確かめていた。由美子さんは、そのとき雨どいの写真を見せるため、西脇の前で電話の暗証番号を打ち込んだという。

自分の電話を明かりや撮影に使えば、その夜にどこにいたかが自分の電話の記録に残る。家の人の電話なら、その心配がない。

私は、夜中に撮られた写真が残っていないか尋ねた。由美子さんは普段の写真一覧を確かめていたが、削除した写真を一時的に残す欄までは開いていなかった。誤って消した画像を取り戻すための場所である。

そこには、居間の引き出しを上から撮った写真と、封筒から出した書類を1枚ずつ撮った写真があった。撮影時刻の表示はいずれも5月2日の2時台だった。顔や手は写っていない。夫婦とも、自分で撮った写真ではないと話した。4月28日に由美子さんが撮った見積書の写真は、普段の一覧からも、その欄からもなくなっていた。

引き出しの写真は、物の並びが分かるように真上から撮られていた。書類を出す前に並び方を写しておけば、元のとおりに戻せる。財布も通帳も動かさず、封筒の2枚だけを白くして同じ順に戻した人物がいたことになる。

2時台の写真の中に、見積書の写真があった。工事の項目と金額が印刷され、余白に手書きの日付がある。金額は38万円だった。康久さんは、これが自分の書いた日付だと言った。

私は、熱で消える字の性質をもう一つ試すよう勧めた。この種のボールペンの字は、冷やすと戻ることがある。康久さんは見積書をビニールの袋に入れ、冷凍庫に2時間入れた。取り出すと、余白に薄い灰色の数字が浮かんでいた。「4/20」と読める。数字の位置は、2時台の写真で日付が写っていた位置と同じだった。印刷の文字は戻らなかった。

由美子さんは話しながら、机に置いていた電話を自分の手に取った。侵入に気づいてからは、置き場所を覚えておくだけでは落ち着かず、手元にあることを何度も確かめてしまうという。

由美子さんはそれ以上写真を消さず、その場で警察へ連絡した。勝手口の鍵を誰が交換したか、合鍵がいくつあるかも伝えた。16日、警察は見積書と電話を預かった。警察が業者に事情を聴いていることは、由美子さんを通じて確かめた。それ以上のことは、私には分かっていない。

書類を1枚ずつ撮った理由も、まだはっきりしない。並びを戻すためなら、引き出しの写真だけで足りる。消す前の文字を、誰かが控えておきたかったのかもしれない。電話から写真が別の相手へ送られていないか、由美子さんは警察に確認を頼んでいる。

取材の終わりに、康久さんは見積書を封筒へ戻そうとした。由美子さんは、冷凍庫から出した袋のまま机に置いておいてほしいと言った。

康久さんが「この日付は戻ったから」と言うと、由美子さんは、電話に残っている2時台の写真を指した。

「撮った人の手元に写真が残っていたら、戻ったとは言えないでしょう」

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