町の釣具店の壁に掛かる魚拓には、釣った人の名前と日付が書き添えられ、その店の記録として何十年も掛け続けられているものがある。
「魚拓は戻ったんです」。2022年6月11日の土曜日、北都県柳瀬市の釣具店を訪ねると、店主の大島一夫さん(仮名、61歳)は壁の大きなコイを指した。数日前に盗まれた魚拓と、同じ形の魚が額に収まっている。だが、中の紙は新しかった。
元の魚拓は、大島さんの父である先代が、1980年5月に柳瀬ダム湖で釣った72センチのコイを写したものだった。魚拓は、魚に墨を塗って紙へ写すなどして、釣った魚の形を残すものだ。元の紙には、魚の横へ「昭和五十五年五月 柳瀬ダム湖 七十二センチ」と、先代の名前が筆で書き添えられていた。背びれの付け根には、うろこが1枚欠けた形がある。大島さんや常連にとって、見覚えのある特徴だった。
6月6日の月曜日の朝、大島さんが店を開けると、額のガラスが外され、魚拓だけが抜き取られていた。裏口の鍵も開いていたが、こじ開けた跡はない。レジの金や高価な釣りざおは残っていた。大島さんは警察へ届けた。
「泥棒なら、まずレジを開けるでしょう。うちで一番高いのは、ガラスケースのさおです。それには指一本触れていない。額のガラスだけが、壁の下にきちんと立て掛けてありました」
警察は窃盗として届けを受け、額と裏口の鍵を調べて帰った。
2日後の8日朝、額は再び閉じられていた。白い新しい紙に、コイの形がある。大島さんが触れると指に墨が付いたため、まだ乾いていないと思い、紙を取り出して乾かしたという。先代の名前も、日付も書かれていなかった。
店では、42年前のコイがまた釣れたのではないかという噂が出ていた。5月14日、常連の杉本博之さん(仮名)が同じ湖で72センチのコイを釣り、写真を大島さんへ見せていたためだ。杉本さんによると、写真を撮った後で魚は放したという。その魚にも、近い場所にうろこの欠けがあった。大島さんが「先代の魚と同じ傷だ」と言い、杉本さんは面白がってほかの客にも写真を見せていた。
大島さんは額を壁から下ろし、盗難前に撮った魚拓の写真を隣へ置いた。魚の全体の形、ひれ、うろこの欠けた位置はよく似ている。ただ、大きさと欠け方だけで、1980年と今年の魚を同じ個体とは決められない。
私は魚の腹の下にある、薄い斜線に目を留めた。盗難前の写真にも、同じ位置に線があった。大島さんによると、古い魚拓は額へ入れる前に折り畳んであり、腹の下に折り目が残っていたという。新しい紙を額から出してもらい、線の所を横から見たが、折れた溝はない。平らな紙の上に、墨の濃淡で斜線が描かれていた。

大島さんの了解を得て、市内で紙の修復を扱う職人の石原孝江さん(仮名)にも見てもらった。石原さんは、生きた魚から写しただけなら、昔の紙の折り目まで同じ場所に出る理由はないと指摘した。魚の周りには、盗難前の写真にある小さな墨のはねまで、同じ位置に描き込まれている。
「これは魚から取った魚拓ではありません。古い魚拓の上に薄い紙を重ねて、線を1本ずつ写したものです。折り目の影も、はねも、元の紙にあった物を全部写している。名前と日付の所だけを、わざと白く残しています」
新しい紙は、魚拓用に売られている薄い和紙だった。写した人は、魚拓の扱いに慣れているという。石原さんの見立てでは、この大きさなら、慣れた人で丸1日はかかる。2日という間は、写しを作るのにぎりぎりの時間で、墨が乾ききる前に額へ戻したのも、急いでいたためだろうという。つまり、魚拓を盗んだ人物は、原紙を手元に置いて写しを作り、2日のうちに額へ戻したことになる。金も釣りざおも取らず、原紙だけを持ち去った。そして店の壁からコイが消えないように、名前のない写しを残した。
杉本さんは、魚拓の作り直しを頼んだことも、店へ侵入したこともないと話した。釣果の写真を客に見せていたことから、盗難や写しの作成に関わったとは判断できない。
「同じ傷の魚が釣れたら、誰だって話したくなりますよ。まさか、こんなことになるとは思いませんでした」と杉本さんは言った。
では、名前と日付だけを外したのは、なぜか。私は、店に残る昔の記録を見せてほしいと頼んだ。先代は、店の客が大きな魚を釣ると、帳面に日付と魚の種類、大きさ、釣った人の名前、立ち会った人の名前を書いていた。今の大島さんは、客の釣果を電話で撮り、店の掲示板に貼っている。
1980年5月の欄に、そのコイがあった。「鯉 七十二糎 柳瀬ダム湖」。釣った人の欄には先代の名前があり、立会人の欄には「沼田」とある。ところが、釣った人の欄だけインクの色が違い、紙の表面がわずかに毛羽立っていた。店に来てくれていた石原さんが帳面を斜めの光に当てると、消しゴムで消した鉛筆の跡が浮かんだ。読めたのは「沼田敏郎」という名前だった。
大島さんは、その名前を覚えていた。先代の古い釣り仲間で、1980年代の半ばから店に来なくなった人だ。
店の奥には、1980年に撮った写真が1枚掛かっている。先代がコイを両手で抱え、湖の岸に立っている。先代の肩の後ろに、もう1人の男性の腕と、紙を持った手が写っていた。顔は写真の端で切れている。
「父は、自分が釣ったと言っていました。私は19歳で、その日は店にいなかった。沼田さんがなぜ来なくなったのかも、聞いたことがありません」
帳面だけでは、どちらが釣ったのかは分からない。先代が書き間違いを直しただけかもしれない。だが、魚拓の腹の下の折り目は、湖で魚拓を取った人が、紙を畳んで持ち帰った跡だった。石原さんによると、取ったばかりの魚拓を畳むのは、釣り場から持ち帰る人がよくすることだという。
「父は不器用で、魚拓を自分で取ったことがないんです。大物が釣れると、いつも仲間に頼んでいました。墨を塗るのも紙を当てるのも、沼田さんが一番うまかったと聞いています」と大島さんは話した。
大島さんは、その日の夕方、沼田さんの家族に連絡を取った。沼田さんは84歳で、春から市内の病院に入院している。電話に出た息子は、父親がこのところ「店のコイ」の話を何度もしていたこと、6月4日に自分が店へ行き、壁の魚拓をしばらく眺めていたことを認めた。大島さんも、その日に額の前に長く立っていた男性客を覚えていた。盗んだかどうかを尋ねると、息子は答えずに電話を切ったという。翌日、息子から店へ短い電話があった。「父の病室には、今は何も掛けていません」とだけ言い、それ以上は話さなかった。
古い店の裏口には、先代のころから合鍵を植木鉢の下に置く習慣があった。昔からの客なら知っている。大島さんは、その鍵を外し、沼田さんの家族と話したことを警察に伝えた。私が確かめられたのは、そこまでである。
13日、私がもう一度店を訪ねると、大島さんは新しい紙を額へ戻し、元の壁へ掛けていた。店内を撮り終えたところで、写真に付ける説明について相談された。初めは、古い魚拓と同じく先代の名前を入れてほしいと考えていたという。先代が1980年に釣ったコイであることは変わらない、という考えだった。私は、6月8日に店内へ置かれた新しい魚拓だと記すつもりだと伝えた。
大島さんは盗難前の写真を手に取り、魚の横にある先代の名前を指でなぞった。それから写真を伏せた。
「名前は入れないでください。昭和五十五年五月、柳瀬ダム湖、七十二センチ。それだけで」


