南條市の食器店の木の踏み台に関する奇妙な記録

霧島秀一撮影。箱入りの食器や包装紙が並ぶ棚の前に、脚が4本ある小さな木の踏み台が置かれている。上の板は擦れ、周りの床には物がない。

小さな店の防犯カメラは、たいていレジの上から売場を写している。万引きや釣り銭の間違いを確かめるための物で、店の人が自分の同僚の動きを見返すことは、まずない。

「こっちを使ってください。軽いですから」

2024年5月10日、金曜日の朝。北都県南條市で食器店を営む槙園邦章さん(仮名、58歳)が棚の包装紙を取ろうとすると、店を手伝う津賀浦晴代さん(仮名、63歳)が木の踏み台を勧めた。邦章さんが台へ上がると、売場の反対側で物の落ちるような音がした。晴代さんは、何も落としていないと言った。

音がしたのは、晴代さんの両足が床へ着いたからだった。邦章さんは包装紙を取り終え、台から降りようとして、そのことを知った。自分の靴は床へ届かなかった。

私は11日に邦章さんから連絡を受け、翌12日、日曜日の午後に店を訪ねた。晴代さんにも、話を聞くことを伝えてもらっていた。

店は10日から休んでいた。入口の戸は開けてあるが、表の札は裏返されている。棚には箱に入った茶碗や湯飲みが並び、奥の壁に包装紙の束が見えた。そばの木の踏み台は、床から30センチほどの高さだった。

邦章さんはカウンターの向こうに立っていた。私を見て横へ出てくると、靴と床の間に空きが見えた。靴底は踏み台の上とほぼ同じ高さにあった。邦章さんは右膝を上げ、足を前へ運んだ。靴が下がったが、床へ届く前に止まった。そこへ体重を移すと、左の靴が前へ出た。胸や腰を支える物はなく、誰も身体に触れていない。そのまま私の前まで歩いてきた。

「何かを踏んでいる感じはするんです」

かがむことはできる。入口の外へ出ることもでき、今朝は歩いて店へ来たという。ただ、足を置くつもりで下ろすと、地面より上で止まる。踏み台に乗り直して降りても変わらなかった。家では、靴を脱ぐと足の裏が畳から指1本分ほど浮いている。布団には横になれるが、階段は手すりにつかまって上り下りしているという。私は通路の脇から足元を見た。両方の靴の下に床が見え、その間には支える板も棒もなかった。

10日の朝の話は、2人がいる所で聞いた。邦章さんはカウンターで使う包装紙を補充しようとしていた。普段は通路の端にある金属の踏み台を使うが、その朝は見当たらず、晴代さんが棚の前に置いてあった木の台を勧めた。

邦章さんが両足を台へ載せたとき、カウンターの裏から靴底のような音がした。振り返ると、晴代さんはカウンターへ両手をついていた。邦章さんが台を降りようとすると、先に出した靴が台の横の空中で止まった。棚の縁をつかんだが、身体は下がらなかった。晴代さんが近づき、腕へ手を添えたという。

「さっきまで、私もそうだったんです」

晴代さんは、その朝、倉庫で箱の在庫を数えるために同じ木の台を使っていた。台を離れると足が床へ下りず、カウンターの裏へ回って待っていた。8時40分ごろから、邦章さんが来るまで40分あまり、足が床に着かなかったという。台に乗り直して降りても、同じだった。晴代さんは、昼には家へ戻って、90歳の母親の食事を用意することになっていた。床に足が着かないまま、母親の世話ができるとは思えなかったと話した。邦章さんが来たとき、晴代さんの膝から下はカウンターに隠れていた。両足が板にそろったとき、晴代さんの身体が下がり、靴底が床を打った。

ここまでなら、晴代さんは困ったまま偶然を待っていただけにも聞こえる。私も初めはそう受け取った。

邦章さんは11日の夜、レジの上の防犯カメラの記録を見返していた。その夜、邦章さんは晴代さんに電話をしなかった。12日に私が来るまで、2人は映像の話をしていなかった。私も12日に、カウンターの内側の画面で同じ映像を見せてもらった。晴代さんは画面をのぞき、「見たんですね」とだけ言った。邦章さんは晴代さんを責める言葉を口にしなかった。ただ、映像が流れている間、カウンターの端から動かなかった。

映像は、レジの上から売場の半分ほどを写している。9時5分、晴代さんが倉庫から木の台を抱えて売場へ出てくる。足元はカウンターの陰で見えないが、歩く高さがいつもより少し高い。晴代さんは台を包装紙の棚の前へ置いた。続いて通路の端へ行き、金属の踏み台を持ち上げ、倉庫の方へ運んでいった。戻ってきた晴代さんは、カウンターの裏に立った。邦章さんが店へ入ってきたのは、その20分ほど後だった。

金属の台が「見当たらなかった」のは、晴代さんが片付けていたからだった。

私は晴代さんに、台を勧める前から、別の人が乗れば下りられると知っていたのか尋ねた。晴代さんは、知らなかったと答えた。

「次に誰かが使ったら、私の分は終わるのかもしれないと思いました」

それなら、なぜ先に自分の足を見せなかったのか。晴代さんは邦章さんを見てから、私へ顔を戻した。

「言ったら、使ってもらえないと思ったので」

邦章さんが聞いていた説明は、近くにある台を使えば運ぶ手間が省ける、ということだけだった。台を選ぶときには、晴代さんの足が床から離れていたことも、金属の台を倉庫へ運んだのが晴代さんだったことも知らなかった。

木の台について、邦章さんには一つ覚えがあった。父親が店主だったころ、この台は倉庫の隅に置かれ、「店では使うな」と言われていた。邦章さんは、古くてぐらつくからだと思っていた。父親は2009年に亡くなっており、台は父親が店を開いた1970年代からあったらしい。晴代さんは、その話を一度も聞いたことがないという。倉庫で使ったのは、ただ近くにあったからだった。

邦章さんは、また晴代さんに乗ってもらえば、自分が下りられるのではないかと考えたという。晴代さんも同じことを言った。ただ、それなら晴代さんがまた床から離れる。10日はその先を試さず、入口の札を裏返した。

「晴代さんのお母さんのことは、私も知っていますから」と邦章さんは言った。

私は2人が入れ替わるところを見ていない。映像にも、カウンターの陰になった足元は写っていない。2人の話では、晴代さんの足が下りたのは邦章さんが台へ上がったときで、それからは邦章さんだけが床から離れている。12日の晴代さんは床を普通に歩き、私の前でも靴底が床を打つ音がした。

奥の踏み台は、2人に断ってその場で撮らせてもらった。上の板には擦れた跡があり、脚は4本とも床に着いていた。私も台には乗らなかった。続けてカウンターと通路を撮る間、2人には画面の外へよけてもらった。

霧島秀一撮影。食器店の木のカウンターと、脇に続く灰色の床の通路。棚には箱入りの食器が並び、カウンターの上に包装紙が重ねてある。人は写っていない。
霧島秀一撮影。2024年5月12日、同じ食器店。話を聞いたカウンターと、その脇の通路。撮影時、2人には画面の外へよけてもらった。

話の途中、空き箱を引き取りに来た配送の男性が入口から声を掛けた。12日に来る約束だったので、休んでいても受け渡すつもりだったという。邦章さんはカウンター越しに挨拶し、手前にまとめていた空き箱を渡した。男性は箱を受け取ると、奥の棚に残った分を指した。

「あれも下ろしますね」

男性は棚の前にある踏み台へ近づいた。晴代さんが何か言いかけたが、先に邦章さんが声を掛けた。

「その台は、まだ使わないでください」

男性は止まり、ほかの台を持ってくるのかと聞いた。邦章さんはカウンターから離れた。足を1歩ずつ前へ運び、男性から両足の下が見える所まで出た。

男性は邦章さんの靴を見て、手に持っていた空き箱を床へ下ろした。邦章さんは木の台を指し、「乗る前に聞いてほしいことがあります」と言った。晴代さんもカウンターの外へ出た。男性は箱を抱え直そうとして手を止めた。踏み台から1歩離れ、邦章さんに向き直った。

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