町内会の行事で起きたけがは、会長が書く短い報告書で処理されることが多い。何が起きたかを書く欄は数行しかなく、そこに収まらない出来事は、収まる言葉に置き換えられる。
2024年8月、北都県柳瀬市のある町内会で、夏祭りの準備中に1人がけがをした。行事保険に出された報告書には、「灯籠の前で転倒し、両膝を打撲」とある。書いたのは町内会長の鴨志田重光さん(仮名、71歳)だ。鴨志田さんは、その場にいた人から聞いた話を、そのまま書くわけにはいかなかったと言った。
私に連絡してきたのは、灯籠の作り手の穂積克宣さん(仮名、66歳)だった。灯籠を破られたという。人を助けるためだったことは承知している。ただ、絵のない所を破ってほしいと頼んだのに、川岸の絵を裂かれた。それには納得していない、という連絡だった。
例年、町内の人が作った灯籠を集会所の前に並べ、日が暮れてから明かりを入れる。祭りの最後には来た人が気に入った灯籠に投票し、いちばん票を集めた作り手に町内会から賞が出る。穂積さんの灯籠は、2022年と2023年の2年続けて選ばれていた。鴨志田さんが見せてくれた去年の集計表では、穂積さんの灯籠が41票、2番目が29票だった。川岸の絵は、穂積さんが子どもの頃に遊んだ柳瀬川の河原を思い出して描いた物で、3年とも同じ構図だという。
灯籠は木の枠に紙を張った箱形で、高さが60センチほどある。上と底には紙を張らず、内側に電池式の明かりを置く。側面の1つに、穂積さんが青い川と茶色い岸を描いていた。川岸には木が1本あり、絵の左右には白い余白が残っていた。
出来事があったのは8月3日の土曜日の午後だった。準備を手伝っていた梶井友宣さん(仮名、52歳)が、床に置かれた灯籠の前にしゃがみ、浮いていた紙の端を枠へ押し付けようとした。端を直してほしいと頼んだのは穂積さんだった。隣にいた穂積さんによると、紙に触れた梶井さんの右手が手首まで見えなくなった。梶井さんが腕を引くと、かえって肘の方が紙へ近づいたという。
穂積さんは梶井さんの左肩をつかんだ。服の肩の幅が手の中で狭まり、指が外れた。梶井さんの身体が紙の方へ倒れ、足まで消えた。紙は破れていない。そこに、梶井さんと同じ赤いシャツを着た小さな人が現れた。
穂積さんは灯籠を持ち上げ、底から中をのぞいた。床には明かりが残り、人はいない。正面へ回ると、絵の川岸で、背丈10センチほどの人が腕を振っていた。
別の灯籠を運んでいた笹尾由津子さん(仮名、59歳)が呼ばれて来た。紙へ顔を近づけると、出してほしいと言っているのが聞こえた。笹尾さんは、後で何を見たのか説明できるように、スマートフォンを近くの椅子へ立てて撮り始めた。
私は8月5日の月曜日、集会所で穂積さんと笹尾さんに会い、その動画を見せてもらった。画面には灯籠の正面と、膝をついた2人の手元が映っている。赤いシャツの人は、絵の具で描かれたように紙の表面にいた。絵の川岸を右へ進み、茶色が途切れる所で止まった。
穂積さんが、右の白い所まで来るように言う声が入っていた。人は片足を出しかけて引き、元の場所へ戻った。穂積さんは右端の余白に爪を立て、小さな穴を開けた。人はそちらへ顔を向けたが、近づかなかった。穂積さんはもう一度、白い所まで来るように言った。ここまでで1分ほどたっていた。
「ここを破って。今いる所」
人の声が録音されていた。笹尾さんは穂積さんの返事を待たず、枠を押さえるよう頼み、人のすぐ横から紙を裂いた。裂け目は川岸を横切り、木の幹まで伸びた。人が裂け目へ右手を出すと、紙の外へ出た指が大きくなり、続く袖も膨らんだ。笹尾さんが、普段の大きさに戻った手を受け止めた。
肩と頭が出てきたとき、紙にはまだ小さな両脚が残っていた。胴が外へ抜け、最後に脚が続いた。梶井さんは灯籠の前の床に両膝を強く打ち、笹尾さんの腕につかまっていた。紙の川岸から、人の姿はなくなった。笹尾さんはそこで撮影を止めた。その日の準備は中断し、梶井さんはしばらく椅子で休んでから、自分で歩いて帰った。穂積さんは灯籠をほかの人に触らせず、集会所の別室に置いた。
私は灯籠の表と内側を見せてもらい、右端の小さな穴と、川岸の裂け目を撮った。梶井さんが紙に入るところを、私は見ていない。救出の様子は、この動画で確かめた。

笹尾さんは、穂積さんの頼みを聞かなかった理由をこう話した。
「白い所に穴を開けても、梶井さんはそっちへ行かなかった。行けないんだと思いました。本人が破ってと言った所を破るのが、いちばん早いでしょう」
笹尾さんは、撮っておいたのは、後で破ったことを責められたときのためでもあったと付け加えた。
穂積さんは動画を見た後も、白い所の穴をもう少し広げれば済んだはずだと言った。今年も出すつもりで、3年続けて選ばれるかもしれないと思っていたことも認めた。
「こちらに来てくれれば、木は残せたんです」
鴨志田さんは、この灯籠を今年は出さないと決めた。動画を見たのは、町内会の役員3人だけで、ほかの住民には見せていない。破れた紙の弁償も求めないことにした。梶井さんの膝のあざについては、保険の報告書に転倒と書いた。穂積さんが求めた、笹尾さんへの注意は行わなかった。
「紙に入ったなんて、保険会社には書けません。でも、膝のけがは本当にあった。治療費は出してあげたかったんです」
梶井さんは翌日に病院で診てもらい、打撲と言われた。治療費は保険から出る見込みだという。町内会は来年から、飾り付けの済んだ灯籠の紙を直す作業は、作り手本人がすることに決めた。
翌6日、梶井さんにも集会所で話を聞いた。穂積さんも同席した。梶井さんは、自分が小さくなった感じはなかったという。手を引こうとした後には、川のそばに立っていた。足の下は砂利で、少し先に水が流れていた。外の2人は見えず、呼ぶ声が頭の上から聞こえた。
梶井さんは、言われたとおり右へ歩いたと話した。ところが岸は途中で切れていた。先は白く、底が見えなかった。片足を出して地面を探したが、靴が何にも触れなかったので戻った。白い所に穴が開いたときは、向こうに集会所の壁が見えたという。
「穴は見えていました。そこまで歩けなかったんです」
紙が裂けると、手の届く所に笹尾さんの腕が見えた。つかんで前へ出ると、膝が集会所の床に当たった。白い穴へ行かず、岸の途中へ戻った動画の動きは、梶井さんの話と合っていた。穂積さんは、梶井さんがためらっている間、自分が何度も同じことを言っていたのを、動画で初めて聞いたと言った。梶井さんは、穂積さんを責めるつもりはないと話した。紙の端を直すよう頼まれるのは、毎年のことだったという。
穂積さんは、破れた所を直すために持ってきた紙を机に広げた。同じ川岸を鉛筆で描き直してあり、左右にはまた余白があった。描いてから張り替えるのをためらい、そのまま持ってきたという。
穂積さんは鉛筆を取り、岸の端から右の余白へ、細い道を描き足した。梶井さんに、これなら穴まで行けたのかと尋ねた。梶井さんは分からないと答えたが、道の先を指で押さえた。
「そこも途中で終わっています」
穂積さんは、その線を紙の端まで延ばした。梶井さんは身を乗り出し、線が端へ届くのを見ていた。
穂積さんが道の脇に木を描き始めると、梶井さんが鉛筆の先を指した。道を狭くしないでほしい、と言った。穂積さんは鉛筆を止め、描きかけの木を消しゴムで消した。


